「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

ベートーヴェンの名演奏と虐殺

 久々にヴィルヘルム・フルトヴェングラーによるベルリンフィルの演奏で「運命」を再び聞いてみると、想像以上に素晴らしい演奏です。クラウディオ・アバドベートーヴェンを振るのは10年早い、とでも言わんがばかり。私はアバドは好きだったんですが、フルトヴェングラーを聞き直すと、フルトヴェングラーの演奏に遠く及ばないことを感じてしまったのです。ドイツのグラモフォンのCDで、演奏時期を見ると、1943年6月30日とありました。まさに第二次大戦中、ナチズムの最中です。ユダヤ人たちが最終解決で殺されていた時期です。

 フルトヴェングラーユダヤ人がホロコーストで虐殺され、オーケストラからもユダヤ系の音楽家たちが亡命したり、演奏ができなくなったりする中で、一人自分だけは他人の不幸におかまいなしに素晴らしい音楽を続けていた、ということで戦後に非難を浴びたこともありました。この時期、指揮者のブルーノ・ワルターを始め、ユダヤ系の多くの指揮者や演奏家が渡米しています。音楽と暴力、音楽と政治は以後、ずっと芸術をめぐる大きなテーマとなってきました。演劇や映画でも様々な形でこのテーマが何度も問い直されています。もしフルトヴェングラーに対する非難が正当だったとしたら、世界の情報が瞬時に報道される今日、音楽家の誰が非難から逃れることができるでしょうか。

 でももしかしたら、音楽家たちが国境や民族を超えて一緒に演奏をして素晴らしい音楽を作ることができたら、力を競い合うオリンピックよりもはるかに平和に貢献できるという気がします。20世紀の呪いを振り放つ時期でしょう。

   ↓ アラブ人とユダヤ人の混成オーケストラ「the West-Eastern Divan Orchestra」

ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団(1999-)

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   このアラブ人とユダヤ人の混成オーケストラは今は亡きアラブの知識人エドワード・サイードユダヤ人の指揮者ダニエル・バレンボイムパレスチナにおける平和共存の願いを込めて手を組んで創り出し、育て上げたものです。

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豆腐で「チキン」料理を作る方法を見せるYouTuber  

 YouTubeで豆腐を使って、鶏肉風の肉感を作って唐揚げを作ったり、カツ定食を作ったりして見せる人がいます。コツは一晩、豆腐を冷凍して水分を抜き、少し硬い食感にすることにあります。このビデオでは「テクスチャー」(織り方、生地、質感、手触り、歯ごたえ、肌合い)と言っています。水分が多少抜かれたことで豆腐に筋ができ、筋肉みたいに噛み応えができるわけです。代替肉というアイデアは以前からありましたが、大切なことはそれを家庭で手軽に実現できる具体的な技術ですね。

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 豆腐にいくつかスパイスや醤油を混ぜて味をつけ、その表にコーンスターチをまぶして焼き上げたのがフライドチキンの代用品です。YouTubeのその他のチャンネルにはそもそも豆腐を大豆から自宅で手軽に作って見せるページまでありました。

FTC議長に抜擢されたリナ・カーンの論文<Amazon’s Antitrust Paradox>について その2 

 FTC議長に任命されたリナ・カーンの<Amazon’s Antitrust Paradox>について、昨日に続きまして書いてみたいと思います。

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 日本で言えば独占禁止法に相当するケースについて、1970年代あたりからミルトン・フリードマンに象徴されるシカゴ経済学派が過去の判例を捻じ曲げて、自分たちに都合の良い解釈に変更して、それが新自由主義レーガン大統領のもとで採用され、以後、ずっと継続されてきたということが指摘されています。特に彼女が論文の中で象徴的に取り上げているのは、価格が安ければ消費者にとって利益になるため、独占禁止法(米国ではシャーマン法というのがあるようです)を使ってFTCが取り締まる必要はない、というもの。カーンが述べているのは、本来、経済の1プレイヤーが過大なパワーを持って市場を独占したり、それに近いシェアを握ってしまうと競争原理が妨げられるために独占禁止法(シャーマン法)が19世紀末に制定されたということです。カーンはこれについて、商品やサービスのコストを大きなシェアを握る大手企業が非常に安値に設定してしまうと、新規参入が難しくなることを指摘しています。このことは経験的に理解できることです。大きなチェーンになると、薄利多売も可能になりますが、小さな商店あるいはせいぜい数店舗の店になると金額を安くするにも限界があります。新規参入の障壁になる大きな要因が値段の安さであるのに、安ければ消費者にとって都合がよいから独占禁止法で取り締まる必要がない、というのは本末転倒だと主張しているんですね。ですから、立法趣旨に戻れ、と言っているのです。

  今のアメリカの技術革新、イノベーションの背後には新しいサービスを考えた企業が大きなシェアを握り、大きな利益をほぼ独り占めにするのも仕方がない、という考えがあるように思います。確かにGAFAと呼ばれる大企業は今までになかったサービスを考えて大きなメリットを消費者にもたらしました。そのことは疑いがありません。でもだからそれらの企業が市場を独占してもよいのか?というのがテーマです。それらの企業が市場を独占し、様々な関連企業も買収して傘下にして垂直的な経営を行った場合、原料を納入する産業もまた支配されてしまうことになりかねません。たとえばiphoneなどもそうでしょう。そうした場合に商品の末端価格が安ければ当然ながら部品の納品価格も安くなりますから、様々な分野に安値の圧力がかかり利益が削られ、結局、末端労働者を直撃します。

 アメリカではこうした企業も新しいイノベーションを投入しないとあっという間に競合他社に抜かれてしまうと常に最善の努力をしていると言っても過言ではないでしょう。競争はゼロではありません。それでも小さな企業がその市場に新規参入するのは至難の業です。だから、新興企業は新しいサービスを考えて市場がすでにプレイヤーで満杯になっている「レッドオーシャン」ではなく、まだ誰も考えたこともないサービスの「ブルーオーシャン」を目指せ、というわけです。

  確かに消費者からすると、Amazonのサービスは突出して良いために、これでいいじゃないかと思いがちですが、書店とか各種商店みたいなリアルな店舗の経営者からすると、Amazonは脅威でもあると思います。安さが絶対的なパワーを持ってしまうと、だんだん選択肢も限られていくことになります。たとえばかつては日本国内に様々な小さな食堂があったもので、いろんな主が店で料理を作ってお得意がいるという関係を持っていましたが、1990年代以後、チェーン店が増えて小さな店はどんどん店をたたんでいきました。チェーン店は確かに1軒の料理屋より単価は安いし、肉などのボリュームもあったりするわけですが、そこで受けられるサービスはたとえ時々でメニューが変わるとしても画一的です。20世紀には町にもっと多様な料理店があったものです。それぞれが自分のリズムで店を営むことができました。酒屋や米屋などもそうです。こうした小店舗が一掃されていったのは大規模店舗法が制定されたからですが、その背後にはアメリカの新自由主義革命があったわけであり、その震源こそシカゴ経済学派だったと思います。シカゴ学派は日本の護送船団方式と呼ばれる官僚たちが様々な経済のプレイヤーを規模の大小にかかわらず守っていくやり方を徹底的に解体してしまいました。これは経済のエコロジーを破壊したと言ってもよいのではないでしょうか。その象徴がシャッター通りです。

 確かに「安さ」には抗しがたいものがあります。その背後には徹底的に無駄を排した超効率主義があり、それはIT革命によって加速されました。こうした世界は確かに速度が速いですが、その一方で個人の夢を奪っていく側面もあると思います。巨大な資本が小さなプレイヤーたちをどんどん飲み込んでいきますが、その原動力こそ「安さ」の力です。その安さへの圧力こそが日本で非正規雇用を40%にも激増させた原因なのです。台湾では2014年にひまわり運動という学生を中心とした民主化運動が起き、国民党政権にノーを突き付け、現在の民進党政権を誕生させる原動力となりました。この時、大学生たちが訴えていたのは中国とサービス・自由貿易協定を結んでしまうと、中国の圧倒的な資本力や「安さ」に台湾市場が支配され、コツコツ夢を持って生きてきた小規模店主たちが一掃されてしまう、という恐れでした。このことは日本、台湾、米国いずれにも言えることです。そして、「安さ」と効率を追求する世界で最終的に勝利者となるのは誰か?想像すれば明らかでしょう。

 リナ・カーンの論文の凄さは、これを書いた時29歳だった若い女性がストレートにこの変化を史実から検証し、FTCの原点へ戻れと書いたことです。この論文が15万近いアクセスを得て、米政界のトップレベルの注目をついに浴びることになったのです。これは大きな変化の兆しだと思いますが、それを引き起こした法学者がパキスタンからの移民で、若い女性であったこと、それもアメリカの良き変化だと私は思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貯金ゼロ、手持ちが1000円札1枚になった日

  「ああ、なんということだ!」

 あの日、所持金がとうとう1000円になったことを知ってショックを受けました。認識が遅すぎたというか。実は当時、TV番組の制作会社を退職後、半年間、脚本家になるべく修業を続けていて、その間は1日の生活費が500円という毎日。つまり、残る2日分になってしまったことを知ったのです。そんなことはもっと前にわかってもいいのですが、30歳だった私はよほどのんびりしていたのでしょう。

 困り果てた私は映画の専門学校に通っていた時にそこで演出を教えていて、在学中に松竹大船撮影所で助監督についたこともある前田陽一監督に電話をしてみました。当時前田監督は映画の企画が実現できない間は、代々木上原にあったTVのドキュメンタリー番組の制作プロダクションで仕事をしておられたのでした。話を聞いた前田監督はとっさに1日分のアルバイトを次の日に作って下さり、1万円と前田監督の郷里・兵庫県龍野の名産である醬油を一升瓶で与えてくれたのです。実際にはアルバイトの必要はなかったんですね、行ってみて無理に業務をこしらえてくださったのがよくわかりました。本当はご迷惑でしょうが、背に腹は代えられずで、ありがたいことです。前田監督、喜劇が専門ですが、日本の売春婦たちの人生を描いた処女作「にっぽんぱらだいす」など、視点の卓抜な名作を何本も作っています。でも、それから少しして、ようやく前田監督が映画「唐獅子株式会社」の撮影に入ったと思った矢先、がんでクランクインから1週間ほどして亡くなってしまったことを知りました。

  前田監督は喜劇を撮っていると、よく「世界を斜に見ている」と言われるけど、そうじゃない。「喜劇を撮るということは世界を正確に見ようとすることなんだ」と言っていました。

 

 

 

独占や不公正競争を取り締まるFTC議長に抜擢された32歳のリナ・カーンの論文<Amazon’s Antitrust Paradox>の卓越 

 昨日、紹介しましたリナ・カーン(32)が4~5年前に発表した論文Amazon’s Antitrust Paradoxを読んでいます。半分くらい読みましたが、まずとても面白い。要は本来、独占や不公正競争を取り締まるために19世紀末に法制化されたシャーマン法などの一連の法律が1970年代あたりにその解釈が大きくゆがめられた、というのです。もともとはご存知のように企業が一定以上に市場を占有したり、一定以上の力を持って市場を統制するようなことがないように力を分散させることが趣旨だったにも関わらず、1970年あたりから、解釈を一変して、製品やサービスが安くなるなら、消費者の福利にかなうわけで、それなら企業規模がどのくらいで、市場をどのくらい占めていようとも問題なし、という風に変化したのだそうです。こういうわけで巨大なシェアを占める企業が野放しになってしまった。その解釈をゆがめた張本人はいわゆる「シカゴ学派」つまり、新自由主義の拠点となったミルトン・フリードマンらの経済学派であるとリナ・カーンは歴史をたどって説明しています。そしてフリードマンたちの学派がレーガン大統領と組んで最高裁の解釈をゆがめ、その流れが今も滔々と続いているのだ、と。だからこそ、本来の法解釈、つまり立法の原点に戻れ、と言っているのです。この論文、読みやすいですし、論理が明快で、筆の運びも丁寧で余計なものもありません。見事です。15万近いアクセスがあったというのはよくわかります。将来、大統領になるかもしれない弾でしょう。1970年代以来、最も大きな知的な波が起きている、これが私の第一印象です。しかも学会というコップの中の嵐でなく、彼女はGAFAを左右できる大きな政治的パワーを持つ地位にバイデン大統領から抜擢されたのです。この数年で世界はまた大きく旋回するかもわかりません。

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Amazonの若く手ごわい敵Lina Khan氏がFederal Trade Comission(連邦取引委員会 FTC) のコミッショナーに抜擢される

 正直申しまして、まだリナ・カーン氏の論文を詳細に読んでいませんが、独占禁止法を専門とする30歳前後の若き法学者ながら、イエール大学ロースクールのサイトで発表した独占禁止法Amazonなどのオンライン企業の関係を探った論文

Amazon’s Antitrust Paradox

が15万近いアクセスを集めるというこの手の論文では珍しい大ヒットとなり、当時は無名でしたがワシントンDCの政界にも知られるようになり、とうとう本当にバイデン大統領にAmazon対策の切り札として抜擢されるに至ったということなのです。

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  リナ・カーン氏を一躍有名にしたのが下の論文で、公開されています。この中で、米国の独占禁止法取り締まりがなぜAmazonに甘かったのか、という理由を歴史に探り、その基準を変える提案を述べています。つまり、オンライン時代には「独占」という現象をオンライン取引の構造から総合的にとらえる必要があるというのです。Amazon独禁法を免れたのは、どこよりも安値で商品を売る、という意味では消費者にメリットがあるわけで、その限りで独占禁止法で取り締まる理由がないという風に考えらてきたのだと言います。しかし、Amazonが世界でどれほど独り勝ちしているかは知らない人はいません。単純に安値で売っているから良い、というだけではなく、それが市場全体にどんな影響力を行使しているかを見つめる必要があるというのです。ですので、いったいこの先、米政府がどのような手を打っていくのか注目されます。それいかんではこの人政界の大物になるかもしれませんね。両親がパキスタン系で英国を経て米国に移住したという人です。

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   ついにホワイトハウスから声がかかりました。連邦取引委員会(FTC)は独占の禁止など不公正な競争を取り締まる役目を負っている政府機関です。このように若くして才能のある人が第一線の司令塔に採用される、というのはすごいです。カマラ・ハリスの副大統領への抜擢と言い、こういうところが面白いですし、米国のダイナミズムを生む背景でしょう。

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  この問題に敏感なフランスでもさっそく記事になっています。Amazonだけでなく、GAFAの敵と書かれています。

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2階にいったい誰が?

  昨日私は駅からの帰り道、70歳前後とみられる女性が携帯電話で話しながら歩いていて、一度会話を終えた後、もう一度、電話をかけるのを見ました。相手は同じ女性らしく、「先ほどいいそびれたんですけどね、私今日、スイカを4つも5つも買ったんですよ、ちょっと小ぶりなんですけど。でも、意地悪だから2階にはあげない。私一人で食べる。奥さん、このことをお伝えしたかったんです。それでは」

  大きな声なので、周り10メートルにいれば誰でも聞こえたはず。他人の話ながら、話に出てくるいじわると評された「2階」に誰が住んでいるのか、気になってきました。集合住宅ではなく、1軒家だろうと思うのですが、2階に住んでいるのは息子夫婦とかでしょうか?嫁が「意地悪」だったとしても、息子はたいがい可愛いものでしょうから、「2階」と一言でくくれないのでは、と思いました。それに家族なら、冷蔵庫は1階も2階も共同で普通は使っているのではないのかな。

 家の構造が不明であることが、彼女の家族関係あるいは人間関係をも漠然とさせるのですが、もしかして、2階は彼女の夫なのかもしれないとも思いました。子供たちが巣立ったあと、老夫婦で2階を夫が、1階を彼女が占有しているということは可能性としてはありえます。2階が意地悪だとすると、夫が意地悪だから、スイカは彼女が独り占めにする、ということはありえるのでしょうか。しかし、夫婦だと財布も冷蔵庫も共有なのではないかとやっぱり思えます。

  では、もしかすると夫の母親がたとえば93歳とか95歳とかで生きているとしたら・・・。1階は彼女の夫婦で使っていて、2階に夫の母親がいて、姑のために簡単なエレベーターなんかもあるのかもしれません。そして、2階には姑のための独立した冷蔵庫があり、そこで自分の好きなものを食べる小さなキッチンもあるかもしれません。・・・

  でも、こう考えると恐ろしすぎる。2階にいったい誰が? もしかして、2階にいるのは彼女が電話をしている「奥さん」だったりして。もしかしたら意地悪なのは2階じゃなくて彼女だったのかな。あるいは、遠回しな言葉でその人に1階にスイカを食べに降りてきなさいと誘っているのかもしれない。