フランスでもネトウヨがいるのです。しかも大量に今、動員されて、何をしているかと言えば大学の教員たちを脅しているのです。単なる脅しではなく、殺すというメッセージも出ています。私も知人を介して、脅迫の対象になり、大量の脅迫メールをフランスのネトウヨから送りつけられた研究者を知りました。
この現象の起源は今年2月にフランスの高等教育担当大臣のフレデリケ・ヴィダル(Frédérique Vidal)が、フランスの大学にはイスラム急進主義を広めたがっている左翼がたくさんいると語ったことにあります。
«l’islamo-gauchisme gangrène la société dans son ensemble et l’université n’est pas imperméable»
「『イスラム急進主義=左翼急進主義』が手を携えて社会を堕落させている。大学もその例外ではない」(フレデリケ・ヴィダル)
ここで出てきたl'islamo-gauchismeはイスラム急進主義と左翼急進主義を合体させた言葉で、このような実態を示す事実が存在するかどうか、疑問視されてもいるのです。しかし、高等教育担当大臣の発言は影響力を持っており、すぐにネトウヨたちがとびついて、自分たちがその言葉に該当すると見なす教員をリストアップし、脅迫メールを大量に送っているようなのです。これに対して、大臣の辞職を求める署名も国際的なレベルで行われました。しかし、一度火がついたものはおさまらず、たとえばイスラム急進主義を広める手先ということで全仏の600人の研究者の名前と大学をリストアップしてインターネットで公開した者もいます。そのリストを見ると、私の知人の名前もいくつか掲載されています。
フランスの各紙はこの現象を報じていますが、たとえばリベラシオンは
Quand la fachosphère cible les universitaires
<威圧 ファシストたちが大学を標的にするとき>
というタイトルの記事をUPしたばかりです。以下がリンクです。
この現象は私にはデジャビュ感もあります。つまり政治のトップレベルの閣僚がレイシスト的発言を自由にすることで、排外主義を公認してもらったと考えたネトウヨたちが活気づく現象です。政治家の失言は日本で何度も聞きました。排外主義的発言をすることで全国のネトウヨたちはそれに追随するのです。
では、2月のフランスの高等教育担当大臣の発言はどんな文脈にあったのかと言えば、イスラム急進主義をどう抑え込むかをめぐる法案を与党「共和国前進」の内務大臣が進めていたということにあります。これはすでにこのブログで書いていますので関心のある方は前の記事をお読みください。昨年10月に学校でマホメットの風刺画を生徒に見せた教師が首を切られて殺されるというショッキングな事件がフランスを揺すぶり、この事件がこれまでの一連のイスラム急進主義、原理主義によるテロ事件のシンボルとなって、ついに与党が法案の策定に乗り出したのでした。そして、今、新型コロナウイルスで疲弊する中、極右政党である国民連合(かつての国民戦線)の支持が高まっていることも背景にあります。実際、最近よくフランスのTVでマリーヌ・ルペン党首の姿を目にします。その発言を司会者が真剣に耳を傾けている映像です。フランスの敵はイスラム急進主義であり、フランスはフランス憲法と両立しえない彼らと戦争しているというような発言を繰り返しています。こういう発言を日常的に耳にしていると、戦争なんだから手段を選んではいられないというムードも強まっていくと思われます。
フランス社会はますます右傾しており、その空気がフランス全土の大学から左翼の学者を根こそぎにしよう、というような感覚の600人のリストを作らせたのだと私は思います。ここで注目すべきは、イスラム急進主義への批判だったのが、なぜか左翼と見なされた研究者たちに攻撃の矛先が転じていることです。危険な兆候です。右か、左か、ということよりも、学問の自由を暴力で押さえつけようとする姿勢が危険です。こうした感覚と言うのは今はまだショッキングでしょうが、放置しておくと、だんだん慣れてきて、さらにエスカレートしてしまうものです。
この600人のリストに掲げられていた一人の私の知り合いの哲学教授は決してイスラム急進主義を進めてなどはいません。リベラシオン紙が報じているように、ネトウヨたちは捏造したり、どこかで見つけた自分の主張に都合の良い文章を勝手に研究者たちのレッテル張りに使っているようです。脅迫状を受け取った一人の南仏の大学の研究者にコンタクトを取ったところ、次のようなメッセージが寄せられました。
「今、私たちはともに壁を越え、また理性的になりましょう。私はほとんど一睡もしていません。死の脅迫が届いているのです。こんな中でも私は研究を続けながら、そして弁護士と相談しながら、研究室を運営しなくてはならないのです。(大量の脅しのメールで)もはやEメールを追いかけることもできません。私たちがともに守ろうとしている原則は、この美しい記事(L'OBS)の署名にサインをしてくださったすべての人に共有していただいています」
彼女の名前も600人のリストに載せられていました。そして、今もそのリストはインターネット世界に放置されたままです。南仏のトゥールーズ大学ではネトウヨの攻撃を受けている研究者たちの保護措置さえ取っています。私の目には、フランスは日本の冷戦後の歩みを何年か遅れて追いかけている印象があります。