「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

フランスの魔女狩りと赤狩り 

 フランスで今起きている事態は、「イスラム急進主義=左翼急進主義者」と糾弾を受けた多くの研究者の一人が言っていたように「魔女狩り」を彷彿とさせます。私の知っているある事例を紹介します。これは私自身自分で現地で検証あるいは取材したわけではなく、デテールまでは理解できていませんが、今、事件の一方の側の報告書を読んで概略をまとめたものです。

  あるフランスの大学内で嫌イスラム的な言動を学生の前でとっていた政治学者のA教員を「イスラモフォビー」(嫌イスラム)と批判した研究者Bが、逆に自由な研究を抑圧する「イスラム急進主義=左翼急進主義者」としてネトウヨたちから今、糾弾され、脅迫を受けています。事件は昨年秋から今年の3月にかけて進行しました。A教員は3月に自分の名前が研究施設の入り口に誰かによって「嫌イスラム」と落書きされたことで、昨年10月に預言者ムハンマドの風刺画を教室で生徒に見せた結果、斬首された中学教員サミュエル・パティのケースがあったように、命の危機を感じています。一方、その後、逆にそのリアクションとして、フランス版ネトウヨから大量のEメールの脅迫状を送りつけられている研究者B曰く、<ある人を「嫌イスラム」と批判したら、その人は「イスラム急進主義者」になるのですか?>もし、そう指摘されるなら、金輪際、誰かを「嫌イスラム」という風に批判しづらくなるでしょう。

  両者はともに「言論の自由」あるいは「研究の自由」が奪われていると主張しています。この事件は名前の売れた文化人が関わってマスメディアで取り上げられ話題になっています。研究者Aは連日メディアに出て、自分を批判した研究者Bらを批判する、という行動に出ているそうです。

  こうした空気の中、先日書きました通り、2月半ばに高等教育担当大臣フレデリケ・ヴィダルがフランスの大学は「イスラム急進主義=左翼急進主義者」によって堕落させられているとメディアで発言したのでした。彼女は国立の研究組織CNRSにフランスの大学内の「イスラム急進主義=左翼急進主義者」の実態調査をせよ、と促しさえしました。本来は冷静かつ科学的に事実関係を見るべき大臣が、一方にのみ加担し、しかも、科学的に根拠があるかどうか怪しい「イスラム急進主義=左翼急進主義者」がフランス国内で増えて社会や大学を汚染していると言っているわけです。実態調査を促されたCNRSは「イスラム急進主義=左翼急進主義者」は科学的な概念とは言い難いと反論しました。

  私は一連の事態を遠くから概観するのみですが、このブログ「ニュースの三角測量」が狙っている通り、まさに日本、アメリカ、フランスで論じ合うにはよい事件だと思います。デジャヴュ感があるのは1950年代初頭にアメリカで起きた「赤狩り」です。議会に特別委員会が設置され、共産主義者のレッテルを張られ、嫌疑を受けた人々が召喚され、自分の知っている「共産主義者」の名前を出すことを強いられた事件です。ちょっとした集会に一度参加したというだけでも「赤」として告発されていたようです。ハリウッドの映画人らが主な標的となり、ひとたび嫌疑をかけられ召喚されると、映画や舞台の仕事がしづらくなり、その結果、自殺した人々も出ました。「赤狩り」の引き金となったのは朝鮮戦争だったのですが、まさにこれが冷戦時代の始まりです。しかし、米国では赤狩りに抗する文学作品も勇気ある作家たちによって作られたことを忘れてはなりません。劇作家アーサー・ミラーは、米国で17世紀末に起きた魔女狩りを素材にした「るつぼ」を1953年、まさにその渦中で発表し、上演しています。本の所持が禁じられたファシズム世界を描くレイ・ブラッドベリの近未来小説「華氏451度」もその頃書かれました。知識人が現実から逃避せず、作品に自分たちの感性と思考を結実させたことが米国においてはファシズムと闘う最良の方法だったのです。そして彼らは勝利しました。

 先日も書きました通り、今、フランスでは「イスラム急進主義=左翼急進主義者」として600人のフランスの研究者名が恣意的にリストアップされたものがネットで公開されるという事態に及んでいます。実際に身体への危害が及ばなかったとしても、その萎縮効果が心配です。イスラム急進主義による「テロとの戦い」を旗印に、来年の大統領選と総選挙に向けて、それに反対する者の口を封じてしまおうという政治的な意図を私は感じます。