「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

イヴァン・ジャブロンカ著 「公平な男性~家父長制から新しい男性性へ~」

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イヴァン・ジャブロンカ著「公平な男性」

 フランスの歴史学者イヴァン・ジャブロンカ(1973-)は40代半ばながら現代のサルトルあるいはミシェル・フーコーと言ってよい大物知識人かつ作家。歴史学・社会科学の方法を駆使しながらも、同時に「私」を重視した語りにより、人文社会学者は真実を追及する作家たり得ることを提唱しています。

  代表作の1つ、アウシュビッツで殺された祖父母の人生を徹底調査で記した「私にはいなかった祖父母の歴史~ある調査~」(翻訳刊行済み)や、これもまた力作の18歳の娘が通りがかりの男にレイプされ惨殺された2011年の事件を徹底調査で描いた「レティシア~男性の終わり~」(これも翻訳刊行済み)などが著名です。本書「公平な男性~家父長制から新しい男性性へ~」は「レティシア」で浮き彫りにされた現代の歪みの根源として、男性が権力を握る家父長制が現代社会と不具合を起こしていることにあると考えています。近年、製造業からサービス産業へシフトしてきた先進社会では女性の台頭が目立っています。一方、男性はかつてのような存在感を示しづらくなっています。そこでジャブロンカは家父長制を今こそ見直し、現代社会にあった家族の制度を再構築する時だと言うのです。今、男性がフェミニストに参加する時だと言うのです。

 男性がフェミニストにそもそもなれるのだろうか?そんな風に思う人は少なくないでしょう。私もそう思った一人です。しかし、本書ではなぜそうなのかが400ページにわたり、4章で構成されています。

  • なぜ男性が権力を持つことになったか~家父長制の起源~
  • フェミニズム運動はどう始まり、誰がどう発展させてきたか 
  • 20世紀終盤の脱工業化で男性が没落し、産業構造の変化から男性支配の終わりが近づいている 
  • いかに新たな男性性を打ち立て、男女の平等な社会を築くか

  彼は家父長制こそが男性支配の源であり、その起源は宗教にあったという指摘をしています。ユダヤ教キリスト教イスラム教、あるいは仏教や儒教も含め、神聖を帯びた重要人物は基本的にほとんどが男性でした。絶対王政という制度もまた、聖書に出てくる人類の始祖アダムが妻のイヴを統治した権限が代々、長男に相続されてきた制度です。

  ジャブロンカは男性が家父長制を敷いた理由として、次のような説明をしています。男性は出産できないという機能的欠落をカバーする必要があったのだ、と。そこで家父長制を生み出し、女性を「産む」機能と子育てに集約したというのです。つまり、それ以外の社会領域をすべて男性が支配するようにしたというわけです。

 こうした男性支配に変化が起きるのが18世紀後半のフランス革命でした。フェミニズム運動もこの時、始まったとされます。しかし、フランスでは人権宣言が出されたものの、1944年まで女性に投票権が与えられず、革命理念との間に大きなギャップがあったのも事実です。思うに本書の中でジャブロンカが、200年以上にわたるフェミニズムの歴史をなぜ語るのかと言えば、男性が今後フェミニズムに参加する上で欠かせない知識だからでしょう。歴史を見れば数は少なかったとしてもフェミニズムを支援した男性も存在していたことも示されます。歴史的に活躍したフェミニストの多くは平等主義者の父を持っていたそうです。

  今日、男性優位の源泉となってきた家父長制が大きく揺らいでいます。先進諸国で製造業からサービス産業へ移行していますが、この変化に従来の男性性では対応できず、むしろ、家庭でサービスを強いられてきた女性の活躍が目立っているのです。そこでジャブロンカは今、新たな男性性を構築する時期に来たと説きます。女性が過去200年間、職業の拡大を求め、男性の職業技術から学んできたように、今は男性が女性から様々なことを学ぶ時であると言うのです。料理、育児、介護、セックス、あらゆる領域が新たな男性性の前にフロンティアとしてあります。平等を目指して闘ってきた女性の前に職業をめぐる広大なフロンティアがあったことと好一対をなすと言うわけです。これを苦役と思うか、新たなチャンスととらえるかで大きく違ってくるでしょう。新たな男性性が確立されれば暴力性や歪んだ抑圧が減り、女性の2~3倍高かった男性の自殺率も低下するのではないかとジャブロンカは言います。

  「公平な男性」はこうした内容で、ノンフィクション作品というより、むしろ彼にしては珍しい政治的なマニフェストに近い作品だと思います。若い女性がなぜ惨殺されたかをルポした前著「レティシア」の取材から浮き彫りにされた現代社会の歪みや現代家族の歪みの根源を彼なりに掘り続けていったことがわかります。ルポの「レティシア」では父親の妻への家庭内暴力によって里親に引き取られた双子姉妹が、今度はあろうことか里親の性的な餌食にされてしまう。姉妹はそれを訴えると住まいを失うという思いから、それを耐えながら生きてきたことが綴られています。この取材を通して、ジャブロンカは男性の暴力性、そしてその根源に目を向ける必要を感じたのだと思われます。それが歪みを見せる家父長制であり、そのもとで家庭内暴力や性暴力も黙認されてきたのです。

 この社会探求から生まれた「公平な男性」はぜひ邦訳が出て欲しい一冊です。この本が真実かどうか、ぜひ読者の方々一人一人の方に判断いただける機会があるといいのだが、と私には思えます。もしかすると、百年に一度、あるいは千年に一度の大きな時代の変わり目に私たちは立っているのかもしれないと感じました。