「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。時々、関連する本や映画などについても書きます。

食い詰めた若者たちに様々な米NGOがハイテク研修プログラムを提供 ミドルクラスへの道を開く

  私がTVのディレクターとして駆け出したのは1990年代の東京でした。80年代のバブル経済がはじけ、どんどん景気は悪化し、工場が空洞化していた真っ盛りです。私も大田区の町工場に取材に出かけたことが何度もありますが、優秀な職人さんたちが暇そうにしていたり、旋盤を売りに出したり、工場を畳んだりするのを見て身につまされたものでした。熟練の職人が100円ショップで買った眼鏡を手にして「これが100円?これが100円になったら、もう逆立ちしてもかないっこないねえ」と言ったのを覚えています。

 アメリカでは工場空洞化は一足早く進行していて、1980年代半ばに映画監督のマイケル・ムーアは郷里のミシガン州フリントにあったGMの自動車工場がメキシコに移転したため、どんどんすさんでいく街を見つめた「ロジャー&ミー」(1989)というドキュメンタリー映画を作っています。この映画でムーアは長年尽くしてきた労働者の家族とコミュニティに背を向けた当時のGMの会長ロジャー・スミスを執拗に追いかけ、アポなし突撃取材を繰り返します。これはかなり面白く、新しいドキュメンタリー映画でした。

 先進国の工場が人件費の安い途上国に移転して疲弊する町、というテーマの映画はフランスにもあります。マイケル・ムーアに影響を受けたジャーナリストのフランソワ・リュファンが「メルシー・パトロン!」というドキュメンタリー映画を作って公開したのは2016年のこと。大ヒットとなり、セザール賞の最優秀作品賞を得ています。

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フランソワ・リュファン監督「メルシー・パトロン!」

 マイケル・ムーアが追いかけたのはGM会長のロジャー・スミスでしたが、リュファンが追いかけたのはフランス一の大富豪で「ファッション界の帝王」ベルナール・アルノーでした。フランス北部でブランド服を作っていたアパレル工場が東欧に工場移転となり、労働者たちは解雇され、町は疲弊していくのです。そこでリュファンが自ら出演し、労働者たちに闘い方を指南し、応援しながら大富豪から償いのお金を勝ち取る話です。アポなし突撃取材と隠し撮り満載のこの映画もかなり面白いです。リュファンというジャーナリストは中立に報道することはせず、一貫して立場の弱い労働者の側に立って報道するジャーナリストです。その闘う姿勢がこの映画に登場する彼自身とまさに重なっていこの映画の魅力となっています。リュファンが創刊した「ファキル」という新聞も大資本と闘うための情報満載の新聞なわけです。

 「メルシー・パトロン!」は公開から4か月でフランスで50万人を動員しています。さらにこの映画が2016年3月31日にパリの共和国広場で無料上映されてから、今の政治や社会に疑問を持つ市民が夜ごとに広場に集まってきて討論をする「立ち上がる夜」(Nuitdebout)という名の運動が始まったのです。この映画が旗になって、夜ごとに広場に数千人を動員する大きなうねりになっていったわけです。それなのに、なぜこの映画が日本で上映されなかったのか?なぜ黙殺されたのか。どなたか教えてください。今からでも遅くない、上映しませんか。この映画を知らずして今のフランスは語れないと言って過言ではない程、フランスに大きな影響を与えた映画です。フランソワ・リュファンとこの映画については拙著「立ち上がる夜~<フランス左翼>探検記~」でも触れていますので、ご関心のある方はぜひご一読いただければと思います。

 「メルシー・パトロン!」を監督したフランソワ・リュファンはパリの少し北にあるアミアンという町に住んでいます。(※アミアンマクロン大統領の郷里でもあり、二人は同じアミアンの高校を出ていることもあって、フランスのメディアで二人は何かとライバル的に扱われています)リュファンは先述のように、若干24歳で「ファキル」という隔月の左翼新聞を創刊して以来、ジャーナリストでもあり経営者でもあります。さらに2017年の国会議員選挙でジャン=リュク・メランションが率いる左翼政党La France Insoumiseから出馬して、当選して以来、国会議員も兼ねています。才人です。

 アミアンという町は駅前には古風なカテドラルもあり、歴史と味わいのある街ですが、郊外に行くと自動車のタイヤ工場とか、大きな倉庫とか、産業地域が広がっています。しかし、ここも大田区ミシガン州フリントと同様に工場空洞化が起きているのです。リュファンの取材でアミアンを駆け回った時、私を運んでくれたタクシー運転手の一人は元工場労働者でした。工場閉鎖の反対闘争をしている時にリュファンが駆けつけてくれた、とこの運転手は私に懐かしげに語ってくれました。

  私は工場空洞化というテーマで、米デトロイト自動車産業を取材したことがありますし、大田区アミアン自動車産業を取材したこともあります。製造業の空洞化は中流層の没落を招き、格差社会を作った元凶ですから、このテーマは私の中で大きな位置を占めています。前置きが長くなりましたが、今、バイデン大統領が始めようとしている巨額のインフラ投資計画には、ハイテク産業の人材育成予算も手厚く組まれているようです。ニューヨークタイムズがこのテーマで記事を書いています。興味深いのはいくつものNGOが10代末から20代半ばの大卒ではない若者を中心に、ITの技能教育を授けて、IT産業やハイテク産業に就職させる活動をしていることです。子供を一人抱えてホームレスのシェルターに収容されていた女性もこの研修を受けて5年後の今、30歳で年収500万円超になっているケースが紹介されていました。このような人は何人もいて、収入が研修後はどっと上がるようです。

Job Training That’s Free Until You’re Hired Is a Blueprint for Biden

Social Finance, a nonprofit, is spreading a model in which training programs get paid if students get hired, not just if they enroll.

https://www.nytimes.com/2021/04/07/business/job-training-work.html?action=click&module=Top%20Stories&pgtype=Homepage

  この記事と、これに関わる過去のニューヨークタイムズの記事を手繰って読んでいきました。ボストンのあるNGOは希望者にITの研修をしていると言っても希望者全員に手を差し伸べることもできず、応募者の20%程度が選抜されて研修を受けているとのこと。半年間は座学、残りの半年間はIT企業でインターンをします。授業料は就職する前は一切払う必要がなく、むしろ奨学金すら月々入るようです。とても素晴らしいプログラムです。ただ、記事にもあるように食い詰めた若い労働者の中には複雑な家庭の背景を持つ人や様々な心理的な葛藤を抱える人もいて、メンタルな部分の対応で手間を取られてしまうケースもあるようです。選抜の判断材料はやる気、モチベーションです。こうしたNGOはすでに全米で複数活動しているそうですが、まさに今、バイデン大統領が取り組もうとしている製造業の復活のための予算でこのような人材育成を大々的にやったらどうか、というわけです。以下は、この研修をやっている組織の人の言葉です。

 「1年以内にあなたは貧困ラインを抜け出しています」

 無事、就職すると400万円から500万円程度の年収の生活が始まるとのこと。それまでの食うや食わずの暮らしが一変します。ITを学んだら製造業だけでなく、サービス産業でも技能を活用できます。このような取り組みを私はパリ郊外でも取材したことがあります。民間企業の事業で、フランスを訪れた難民の人たちが対象でした。やはり全員に研修を受けさせるリソースはないのですが、研修は半年間で、かなりの確率で就職してフランスで暮らしていけるようになります。このパリ郊外での事業についても先ほどの「立ち上がる夜」で触れています。これからの世界は教育が最も大事です。できるだけ多くの人が教育、そして再教育を受けられるよい仕組みを作ることが大切で、ニューヨークタイムズの記事に刺激を受けました。

 

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拙著「立ち上がる夜~<フランス左翼>探検記~」