「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

トランプの年頭教書の原稿を直後に引き裂いた下院議長ナンシー・ペロシ

 米民主党議員で下院議長をつとめているナンシー・ペロシは2020年2月、議会で驚くべき行動に出ました。トランプ大統領が施政方針を語る年頭教書の演説を行った直後に、ペロシは立ち上がるとトランプ大統領の演説の草稿をバリバリ、バリバリと引き裂いてしまったのです。ペロシは今年81歳と高齢ですが美人で華があり、個性的な女優が出演している映画の1シーンのように見えました。聴衆の間を歩いていくトランプ大統領、無表情のメラニア夫人、ペロシの脇でにやにやしながら拍手している堅物のマイク・ペンス副大統領、そして原稿を破り捨てる下院議長のペロシ。わかりやすい構図です。表層の穏やかさと、その底流に潜む感情的かつ思想的な衝突。もしそこに台本作者がいたと仮定すると、もうこの世の人ではありませんが、ハリウッドの名脚本家で監督でもあったノーラ・エフロンのような気がします。このシーンが私の記憶に残るのは、ペロシが何も言葉では語らず、無表情にさりげなく、1年の方針を示した大統領の演説原稿を聴衆やTVカメラの前で破り捨てるという大胆な振る舞いに出たことでした。ワシントンD.C.という政治の場に言葉の届かない多くの庶民の想いに応える行動だったようにすら見えました。

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 下の映像は上のと同じNBCニュースの映像ですが、編集が上のバージョンとは違っていて、この時の年頭教書演説のデテールが見えるものです。NBCはそこに長年、マイノリティに対する人種的なヘイトを煽ってきたラジオ司会者のラッシュ・リンボー(Rush Limbaugh)がメラニア夫人を通して表彰されるシーンを入れています。ナンシー・ペロシの行動の意味をより鮮明に伝えようとしたのかもしれません。

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   「バラエティ」(下)がこの時のことについてペロシにインタビューしていました。ペロシはなぜ原稿を破り裂いたのか? なんと憶測ではない、クリアカットなインタビューがあったのです。

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 年頭教書演説は一般教書演説と訳されることもありますが、英語ではState of the Union Addressです。ペロシはここで「あれは”state of the union”(国の現状)の演説ではなく、"state of the mind of the President at that time”(大統領のあの時の心の状態)に過ぎません。彼は議会をリアリティショーの背景に使っただけでした。そしてリアリティは何ひとつありませんでした。どのページを見ても間違いだらけです。・・・それで破り裂いたのです」と語っています。要するにペロシトランプ大統領の演説は「年頭教書」に値しない、と見なして破り裂いたのです。議会は国民の代表ですから、下院議長はまさに国民の代表、大統領の部下ではありません。上院と下院の両院は法律も作りますが、行政府であるホワイトハウスを監視する立場にもあります。このように、三権分立になっている米国では大統領は議会には基本的にいませんが、年頭教書演説の時だけは議会で両院を前に方針を語ります。つまり、あの場所は大統領府と拮抗する議会の場に大統領が訪れた形で、立法府なのです。

 ペロシは破り裂いた理由を語った後、こう付け足しました。「私を批判する人もいましたよ、どうしてもっとやらなかったのって」こういうところがノーラ・エフロンの映画に出てくる個性的な登場人物を思い出させるのです。