「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

高騰するパリの不動産価格 ~新型コロナウイルスによる「文化の危機」の底流にあるもの~

  私はフランス留学歴のある知人から「フランスの大学はほとんどただみたいな価格だから、あなたも留学して見なさいよ」と言われて、真剣に考えてみたことがありました。しかし、その人が留学した時期と最近では大きな違いがあって、それは物価が高騰していることで、中でもアパートを借りた場合の家賃がシャレにならない程高い、ということでした。家賃が高いというのは東京のことだと思っていたら大間違いです。学費がタダに近かったとしても家賃を支払い続けることが今日では留学の大きなネックになるのです。パリ市内だったら1部屋で月10万円程度するのは普通ですから、地方からパリにやってきた学生たちはよくネットで相部屋の相方を探す募集広告を出しています。

  ではパリの不動産価格が、どのくらい高騰したかということが以下のパリジャン紙の記事でグラフで表示されています。パリの中古マンションの価格の推移ですが、2000年以来、ほとんど右肩上がりでうなぎ上りになっています。2000年に1平米当たり2740ユーロだったものが、2019年には9890ユーロまで高騰しています。この中で一時期、横ばいになっているのはオランド大統領の社会党政権時代で、当時緑の党から選出されたセシル・デュフロが連立政権で担当大臣になり、家賃の抑制策を取ったことが影響しています。しかし、オランド大統領は当初こそ社会党らしい政策を打ち出そうとしていましたが、途中から新自由主義の方向に劇的に転換していきます。その源は金融界出身のエマニュエル・マクロンを当初からアドバイザーにしており、やがて経済大臣に据えたことでした。オランド大統領は2012年の選挙運動中、「私の敵は金融界です」と有権者に語っていたにもかかわらず、いざ当選したら金融界と手を組んでいたのです。マクロン経済大臣の時代になって再び不動産価格は高騰に転じます。そのトレンドは今日まで続いています。

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  家賃がこれだけ上昇してしまうと、収入の不安定な芸術家たちは郊外のオーベルヴィリエなどにアトリエ兼住まいを移していくことになります。また、書店の経営も直撃し、日本同様に店じまいするところが増えています。私の知り合いの彫刻家も郊外に転居してしまいましたし、戦後のフランス文化の舞台となったサンジェルマンデプレなどの老舗書店がまた閉店になったという記事も目にします。Amazonなどのネット販売の増加に加えて、家賃の高騰がダブルパンチになっているのです。この問題は拙著「立ち上がる夜~<フランス左翼>探検記」でも大きな柱になる問題として取り上げています。フランスでは街の書店の中には出版も兼ねて行っているところが多いことがフランス文化に大きな影を落としています。何万部と売れるメジャーな作家だけでなく、教師や様々な仕事と兼業しながら数百部、数千部程度の販売部数の作家も数多く、こうした人々が大手の出版企業だけでない自由な活気を創り出しているのです。このことはパリジェンヌがみんなルイ・ヴィトンのバッグを持っているわけではないことと通底することです。

 家賃の高騰は新型コロナウイルスがらみで、今、フランスで大きな問題になっている「文化の危機」の底流にあるものだと思います。店じまいして家に引きこもっても家賃だけは止まってくれません。家賃の問題を政治は何とかしないといけないでしょう。家賃の高騰は店の経営者にとっても中小企業の経営者にとっても、はたまた学生や研究者、作家や芸術家にとってもゆっくりと時間をかけてモノづくりができない、時間をかけて思考を熟成させることができない、生きる余裕がない、という精神的な重圧になります。家賃を月々払うために短期間で稼げることが必要になってきます。そこに外出禁止令が直撃しているのです。書店の人たちは、食料品店同様に書店も「生活に不可欠」な商材だから、店をオープンさせてほしいとずいぶん、訴えかけているのを見ました。文化は贅沢品、とばかりに政治を進めれば、必ずパリの独自性や魅力は失われていくはずです。