日本で極右運動がピークに達したのは安倍政権誕生前夜ではなかったかと思います。何をもってピークとするかは主観でしかありませんが、私の中の体感温度みたいな感じです。2009年に民主党政権が誕生して左翼=リベラル的な政治を始めたことが右翼や極右の人々に強い危機感を与えました。象徴は「在日特権を認めない市民の会」、通称「在特会」と言われるグループで、市民運動を標榜していますが極右運動と言った方が的確でしょう。2010年に私は在特会がデモを繰り広げる様を取材したことがありました。京都の朝鮮総連系の小学校が隣の公園を使うのが許せないと言うのです。デモの対象は子供たちの施設ですが、「朝鮮を爆撃せよ」とか「脱日せよ」などとかなり威圧感いっぱいの言葉を拡声器でがなり立てながら学校の周辺を練り歩いていました。日本の公園を取り戻す、というのが彼らの主張でした。
周辺には駆けつけた朝鮮総連関係者や警察官、さらに公安と思しき人まで様々な人が様子を見ていました。朝鮮学校は朝鮮の指導者を讃える教育を施しているということで、税金を投入するなと圧力をかけられ、様々な形で日本の教育施設とは差別されています。特に関西では大阪の維新の会がその政治的圧力の中心的役割を担っています。
こうした極右の声はフランスで<ムスリムの移民は出ていけ>と言う人たちと似ています。ただし、日本の在日朝鮮人とフランスのムスリム移民とは歴史的経緯も異なりますし、両国の政治や経済の仕組みも異なります。たとえばフランスには欧州連合という枠組みがあります。しかし、似ていることは先進諸国で工場空洞化が進み、中流階層のボリュームが減り、格差が広がっている中で外国人が人々の怒りの矛先にされている、というところでしょう。
ドイツでも同様です。AfD(ドイツのための選択肢)という極右政党が躍進しているのは与党・キリスト教民主同盟のメルケル首相が中東のムスリム難民を大量にドイツに受け入れる決定をしたことが背景にあります。ドイツの労働者は待遇がかつてより悪くなっていますから、社会の中に不満が高まっています。ドイツやオランダの公共放送が描いたオルタナ右翼や極右のドキュメンタリー番組を見ていると、社会に潜む様々なテーマが見えてきます。たとえば社会保険を長年積んできたドイツ人労働者たちは難民たちが、突然やってきて自分たちと同じ社会保障の待遇を受けるのがおかしいと思っていることが描かれていました。これは労働者の待遇が悪化している現実と無縁ではありません。ドイツでは社会民主党政権時代に雇用を増やす代わりに待遇を悪くする「改革」を行った経緯があり、ドイツと言えば欧州で最優等生とか言われますが、一般労働者は暮らしが楽ではありません。そうしたことから高度の教育を受けた若いドイツ人の中には極右運動に参加している人々も出てきているようです。
フランスやドイツの人々にとっては長い歴史の中で自分たちの先祖が作り上げてきた文化というものがあり、そこに突然移民が何万人と押し寄せてきて、自分たちとは異なる宗教や習慣で暮らし始める。そうした人々が隣人になる、ということに、さらに移民が増えていることに脅威を感じる人が少なくありません。多くのムスリムの人は世俗的な立場ですが、一部にはイスラム教原理主義の人々が存在し、<モスクは過激な教義を拡散する温床になり、テロの温床になる>と警告を鳴らす人々が出てきます。フランスの国民連合(国民戦線の後継政党)はまさにそういうメッセージをずっと発信し続けていて、今フランスの第一党になる勢いです。そして、マクロン大統領が率いる「共和国前進」の内務大臣がモスクの活動を監視・統制し、イスラム原理主義を封じる法案を作って可決させました。国民連合に引っ張られる形で、与党も右寄りに政策をかじ取りしています。
このことは現代の大きな潮流になっていて、もはや極右は危険だからと一方的に押さえつけようとしてもできるものではありません。彼らの表層の言葉ではなく、不満を抱いている核心に迫り、その問題を解決することしか、真の解決への道はないと思えます。移民に関して言えば、私が初めてアメリカ旅行をした1986年にアメリカに仕事を求めて流入しているメキシコ人は500万人程度と言われていました。今、メキシコ人も含めてヒスパニック系は6000万人を超えています。大きな一大政治勢力になり、2040年代には人口の4人に1人はヒスパニック系になると予測されています。
移民と言っても何百年と言う歴史の中で少しずつであれば吸収できることでも、わずか30年、40年程度でこのくらいの大きな構成比率の変化をもたらすと、やはり文化的な摩擦が起きても不思議ではないと思います。同じキリスト教徒が多い国だとしてもプロテスタントとカトリックという大きな違いがありますし、人種的にもことなります。30~40年は個人史的には長い期間でしょうが、歴史を考えると短期間とも言えます。トランプ大統領の言葉に熱狂的に耳を傾けた人々にはそこに不安や困惑が根底にあるのだろうと思います。その意味で、冷戦後に起きたグローバリゼーション、移民や難民の増加は世界における極右の研究に新しいテーマを与えています。それは冷戦終結前には存在しなかった要素であり、極右が左翼支持者だった人々をも吸収するうねりになりつつあることです。フランスの国民連合(かつての国民戦線)が急速に党勢を拡大したのはマリーヌ・ルペンが二代目の党首となった2011年からですが、この期間はほぼ社会党政権への期待が裏切られたと思った人々が増加した時期と軌を一にしていることが注目の点です。