「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

TV番組の制作現場も70代まで現役で働けるようになって欲しい

 TVについて言えば現場で取材をするディレクターは40歳以上になるとぐっと数が減っていきます。放送局では特にそうですが、小さな制作プロダクションでも40歳以上になるとデスクとか、プロデューサーになって現場に出なくなり、制作を管理する職に移る人が増えていきます。今、時代は生涯100年へ移行しようという時代に、30代までで現場取材がストップしてしまったら、現実と乖離することは言うまでもありません。もちろん、若者たちが新しい時代を築いていくわけですから、若い世代が力をつけていくことを否定しようというのではありません。しかし、現場取材を若手だけでやる構造は、人口の年齢構成で見た時に不合理になっていくように私には思えます。私が何年か前に放送局の局内のディテクターをしていた時、私は49歳でしたが最年長のディレクターで助手たちは学校を卒業したてで私の年齢の半分くらいの若者たちでした。

  私が30代半ばの頃、「50歳以上のディレクターはいらない、と放送局は言っているのよ」と当時、TBS出身のプロデューサーだった吉永春子氏から聞いたことがありました。50歳以上のディレクターが疎まれる理由はいくつか原因があると思います。

①新しい社会のトレンドに疎くなりがち

②肉体的に衰えてしまい、粘りもなくなる

③若いプロデューサーにとって年長者は頑固に見え、扱いにくい

④いつ死ぬか、いつ病気で倒れるかわからない(リスクの増大)

⑤政治や社会について知識や意見がありすぎる(これもうざいと思われる原因)

⑥デジタル技術に弱い

  この6つはすぐに思いつきます。他にも理由があるかもしれません。

 ③と⑤は似ていますが、多少異なります。③は個的な関係で、⑤はTV番組産業の構造的なものです。今、TVは現場取材者と社会の年齢構成の乖離が生まれていると書きましたが、皮肉にも視聴者的には若い視聴者はインターネットに移行しつつあり、むしろTV番組を見ているのは高齢者が多い、という話をよく聞きます。この高齢者の山も20年後はなくなってしまうでしょう。この先、TVがどのように変遷していくのか私にはよくわかりません。しかし、上のような扱いにくい要素があるとしても、知識や経験を積み上げた人々がまだ働ける50歳でほとんどと言ってよいほど、現場から放逐されていく構造は私には理解しがたいものがあります。ただ、年を取ると若かった時のようにどんな番組でも喜んで参画すると言えなくなる局面もあるかもしれません。自分の思想に合わない内容のシリーズだと、仕事が来ても受けなくなってしまう、という逆の形で仕事を狭めてしまうこともあるかと思います。つまり、先ほどの6項目とは逆の形で自ら遠ざかってしまう側面もあるのです。

 「魔の731部隊」や「天皇と未復員」、「歪んだ青春」などを制作した吉永春子氏はTBSを退職した後、TBSの近くの赤坂でTV番組の制作会社を興しました。その後、70歳台の末になると、吉祥寺にあった自宅の離れを事務所に改造して、映像制作を続けていました。85歳で自宅で倒れて亡くなった時も、若いスタッフたちと異常気象の番組を作ろうとしていたと通夜の時に知りました。「報道のお春」とかつて呼ばれていた吉永氏は通算で60年以上、報道に携わったことになります。そして、プロデューサーをやりながらも常に1本は自分自身がディレクターとして現場で取材をする企画を持っていました。女性の壁、年齢の壁を越えて、亡くなるまで自分のやりたい活動を一徹にされた方だったと思います。私がその後、TBS以外の放送局の番組を作り始めてからも「君は今、何をやっているの?」と、吉永さんからよく聞かれました。その意味でも後継の人間たちは「壁」を乗り越える努力がまだまだ欠けているのかもしれません。