「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

「動物園物語」と「Bash」~モノローグ化=二極分化する社会の傑作~

  今日は2つの戯曲について書きます。どちらもアメリカ発のすごい傑作です。1つはすでに有名な歴史的作品ですが、エドワード・オールビー作「動物園物語」(1958)です。不条理劇という風に呼ばれることもありますが、今振り返ると、現代を先取りしたリアリズムの作品と言ってもよい劇です。ニューヨークの公園のベンチを2人の男が奪い合って、一人が殺される、という劇であるところが「不条理劇」たる由縁です。ベンチで座っている今風に言えば正規雇用で家族持ちで安定した生活を営んでいるスーツ姿の中年男に、非正規雇用で一人暮らしで貧しい中年男が絡んで、言いたいことを言いまくるのです。彼は孤独のピークにあり、こんな異様な形でも人間とのかかわりが欲しかった、という風に解釈することもできます。とにかく、会話がかみ合わず、一方通行ですが、そういう劇をオールビーは狙って書きました。

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エドワード・オールビー作「動物園物語」と「アメリカの夢」

 一方の「Bash(バッシュ)」(1999)は現代の劇作家ニール・ラビュ-トの3つのモノローグ劇のコレクションです。とにかく、この3つの話はともに孤独な男女が一人ずつ出てきて、ずっと心に秘めてきた秘密を観客に向けて話始める、という劇です。かなりシリアスです。赤ちゃんを殺してしまった父親とか、中学の先生とセックスして赤ちゃんを産んでしまった女性などです。話し始めるまでに皆、長い間、一人で秘密を持ち続けてきたことの苦しみを感じさせます。ドラマと言えば私たちは舞台の上でAさんとBさんの対立葛藤と言う風に理解していますが、ここでは一人しか登場しません。ドラマはAさんの心の中で一人で繰り広げられてきたものなのです、何年も、何十年もかけて。そうした人が初めて、口を開いて、自分のことを話し始める。カミングアウトと言っても良いのですが、その話をするという行為が劇の力になっています。こんな劇は見たことがありませんでした。その意味で、「動物園物語」以来のモノローグ劇の傑作が1990年代の米国で生まれたのです。

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ニール・ラビュート作「バッシュ」

 この「Bash」を初めて読んだときの感銘は忘れがたいものがあります。アメリカの骨太の演劇の流れを汲む劇作家に久々に巡り合ったという気がしました。当時は人が人から逃避しているとと言われていました。互いに争うことを避け、人が人から逃避することは確かにストレスが少ない処世術でしょうが、それは互いにぶつかり合い、理解し合う機会が失われた社会でもあります。デジタル機器が発達し、部屋に一人籠る人が増える中、その一方で、この劇を読むと、アメリカ人たちは新しい方向に一歩踏み出そうとしている気がしました。人から逃避する方向ではなく、人に向かって歩き始める方向に。それはモノローグを極め、人に向かって自分を明かすことから生まれた歩みだったのではないかと思います。「ウォール街を占拠せよ!」のようなオキュパイ運動は、自分の生活が「苦しい」と声に出せて初めて核が生まれていくものです。「苦しい」と言ってもいいんだ、私たちは人間の社会にいるのだから。「Bash」という劇が伝えるメッセージはそのことに尽きると思うんですね。アメリカ人の孤独の探求はピークまで達していたんです。そのピークが高ければ高いだけ、鋭い転換点を創り出せるはずです。

  今日、米国でもフランスでも日本でもドイツでも社会が二極化し、モノローグの人々の集積になり果てているかのようです。私はこのような社会は不毛だし、それを克服しようと思えば劇場に人と人の出会いとぶつかり合いが再生される必要があると思います。といっても私は演劇の専門家ではありませんし、今日どのような試みが行われているか無知なので、無責任な発言と受け取られるでしょう。それでも、今日、社会の中に真の葛藤を体験する機会が失われており、それが議会政治の危機にもつながっているような気がします。かつては労働組合が力を持っていましたし、正規雇用者も多かったので、人と人が議論を交わせる基盤が今よりあったのだと思います。今、非正規雇用者が話をしようとしても、「もう明日から来なくてよいよ」と言えばポイできてしまいます。そういう風に社会が一方通行になっています。