米国の劇作家、エドワード・オールビーと言えば「動物園物語」や「ヴァージニアウルフなんてこわくない」と言った戯曲で知られていますが、私が10代から20代にかけて好んで読んだ劇作家の一人です。しかし、1980年代の当時はインターネットは勿論なく、劇作家の情報とか風体とか声についての情報は限られていました。それが今日ではインタビューを国境を越えて見ることができます。とんでもない、メディアの革命だと私は思います。作家の声を聴いたり、風貌を見たりすることは作家の実像を知るのに役に立ちます。オールビーは前衛的な手法を用いていますが、かなり社会に鋭くメスを入れる劇作家です。
私は学生時代から35年以上経て2011年に撮影されたオールビーの肉声をYouTubeで聴いているのですが、思っていたよりもマイルドなおじさんと言う印象でした。ここでは会場のインタビュアーの質問に沿って話を進めています。若い頃、詩や小説を書いても凡作しか書くことができず、最後に残された未知の戯曲の執筆をやってみて、初めて価値のあるものが書けて(「動物園物語」だった)、劇作家になれると思ったと語っています。それでも実際には「動物園物語」が初演されたのは米国ではなく、ドイツだったと聞いたことがあります。それくらい、当初はまだこの戯曲の評価が定まっていなかったのでした。
いろんな話をユーモアを込めてしていますが、最後にオールビーは、<私の若い頃は学校でCivics(市民論あるいは公民科)という科目を学んだ。政府や民主主義がどう機能するか、とか市民の責任などを学ぶ科目だ。ところが今はそんなのは学校でやっていないようだ。芸術についても次第にきちんと教えなくなっている。若い観客をきちんと教育していないんだ、私たちの文化の一番大切な部分を教えていない。こんなことでどうやって文明を維持できると思うか?>と警告を発しています。
劇作家と言えば政治や経済などの硬派な世界とは無縁な芸術家みたいに思う向きもあるでしょうが、オールビーの言葉を聞くと、極めて社会のあり方に敏感な人であることがわかりました。演劇が政治や経済とつながっている、そういう意識が強く存在していることがわかったインタビューです。しかも、そのことをきちんと言葉にして明瞭に示したところは印象深く思えました。演劇の危機は政治の危機につながっているし、政治の危機は演劇の危機につながっていると感じます。このことは恐らく新型コロナウイルスという時事的な危機よりもいっそう深い危機になっていると感じます。
※ 私はオールビーのファンだったはずですが、今にして振り返ると、読んだのは一部だったのだな、と思いました。「デリケート・バランス」や「海の風景」などはもしかしたら読んだのかもしれませんが、全然記憶に残っていないのです。しかし、アメリカで高い評価を受けています。早川書房の全集を読みたくなってきました。
- エドワード・オールビー全集 早川書房
- 鳴海四郎訳
- 1 ヴァージニア・ウルフなんかこわくない,デリケート・バランス(1969年)
- 2 動物園物語,ベシー・スミスの死,砂箱,アメリカの夢,有名氏と新人氏(1974年)
- 3 ご臨終.海の風景(1980年11月)