「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

湯之上隆著「日本型モノづくりの敗北~零戦・半導体・テレビ~」を読む

 文春新書から出ている湯之上隆著「日本型モノづくりの敗北~零戦半導体・テレビ~」を読むと、噂には聞いていた日本型モノづくりがいかに崩壊しているかが述べられていて恐ろしいものがあります。かつて日本が世界を席巻していた半導体やテレビ作りでいかにシェアがサムスンなどの外国勢に抜かれて落ちて行ったのかが、その原因の分析とともに述べられているのです。本書はアベノミクスの始まった2013年に出版されていますが、その後どうなのでしょうか?

  本書で述べられた敗北の原因はパラダイムシフトが業界で起きている時に、過剰技術で過剰品質のモノづくりばかりしていて、低コストで使いやすいものを求めていた経済の新興国群”ブリックス”(ブラジル、ロシア、インド、中国)の国民など、世界の需要にこたえることができなかった、いわゆるガラパゴス問題とも通底しています。ここでの過剰品質とは、たとえばコンピューターに欠かせないDRAMについて言えば日本のメーカー群は大型コンピューター時代の25年使用できるDRAMを作り続けていて、1990年代以後の小型の一般人が使うパソコンの時代には合わなくなっていたというのです。つまり、せいぜい5年くらいで買い替えるパソコン時代のDRAMには過剰品質になっていることを日本の半導体メーカーが意識できなかったとしています。25年使えるということはその製造コストも5年で買い替えればよい仕様に比べると高くつくわけです。そういう意味で低コストで作る方向にパラダイムシフトが世界で起きている事に気がついていなかったというのです。

  核心にある問題はマーケティングを軽視していた、と自らかつて半導体業界にいた著者は分析しています。日本ではメーカーのマーケティング部門にはトップクラスの人材が配置されないが、サムスンではトップクラスの人材が大量に配属され、各国の需要を理解し、モノづくりにフィードバックしていたという違いになります。

  実際に業界団体のデータを見ても日本のシェアはどんどん落ちて行ってしまっています。世界の市場が延びる中、日本の生産額は2000年にピークをつけたのち、2012年にどん底まで落ちています。2013年以後は微増しています。

https://www.shmj.or.jp/toukei/pdf/STA2016_01.pdf

  以下は、文春新書の著者とは異なる人が日本の半導体メーカー群の低落について別の視点から書いています。日本の半導体メーカーは台湾のメーカーや韓国のメーカーに比べて、その半導体製造装置メーカーには金払いが極めて悪かったとしています。半導体製造装置とはパソコンの情報処理を受け持つ半導体集積回路)を作るための装置で、様々な種類のものがあるそうです。つまり、半導体メーカーが開発した半導体集積回路)を量産するための装置のメーカーです。日本の半導体製造装置メーカー群は、納入先を金払いの悪い日本の半導体メーカーから韓国のサムスンなどにシフトして生き残っていると言うのです。日本の半導体メーカーは没落したものの、日本の半導体装置のメーカーは今でも活気があると言います。

 「さらに、ここでの本題である製造装置メーカーが生き残れた理由を説明しよう。日本の半導体製造装置メーカーは、DRAM時代から半導体メーカーと緊密に共同でプロセス開発をしており、生産ラインの立ち上げを一緒に行ってきた。本来なら、共同で開発してきたのだから、半導体がこけたら製造装置もこけるはずだった。

 ところが、実態は徐々に日本の半導体メーカーから離れていったのである。なぜか。ある製造装置メーカーによると、半導体メーカーのプロセスエンジニアは装置メーカーを見下す態度だった、という。「われわれ(装置メーカー)が製造装置を納めてもすぐには費用を支払ってくれない。検収と称して生産ラインが立ち上がって順調に動き始めてからではないと費用をいただけない。このため支払いが1年後、時には2年後もあった」と述べている。」(津田建二氏、上述の記事から)

  要するにライバルのいない国内だけの世界であればこのような商習慣でも維持できたのでしょうが、台湾や韓国は納品後すぐに8割は支払ってくれて、検修後に残る2割も支払ってくれたとあり、製造装置メーカーの経営にとっては大きな違いがあったとされます。

  湯之上氏が「日本型モノづくりの敗北」を出版した当時は皮肉にも<日本はすごい><日本の技術が世界を救う>的なTV番組が席巻していた時期であることを思い出します。