「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

太陽劇団のアリアーヌ・ムヌーシュキンさんと新型コロナウイルスの時代

 私は昨年の今時分、フランスの太陽劇団の創設者で演出家のアリアーヌ・ムヌーシュキンさんと話をする機会がありました。それは新しい舞台づくりのドキュメンタリーの打ち合わせだったのですが、残念ながらその時、世界を襲った新型コロナウイルスのために舞台制作のスケジュールも大きく狂い、結局、その話は中止になってしまったのです。

 皮肉なことではありますが、このような時代こそ、むしろ、ムヌーシュキンさんの想像力とパンチにあふれた舞台づくりが求められる時代なのにな、と残念でなりませんでした。私は大学時代にムヌーシュキンさんが太陽劇団を率いて監督した映画「モリエール」を見て、圧倒的なパワーに打たれたのを昨日のことのように覚えています。法学部出身で親から法曹の世界に入ることを期待されていた若いモリエールが、美しい女優と出会って、明日もわからない演劇の世界に飛び込んでいくシーンは圧巻の美しさでした。そこには芸術が本来持つ、祝祭がありました。しかし、実はそれから30年以上歳月が流れながらもパリはなお私には遠く、その後、ムヌーシュキンさんがどのような作品作りをされてきたかよく知りませんでした。昨年その話が浮上した時に、演劇学を教えている知人の東大教授から太陽劇団のその後の演劇や映画のDVDを大量にお借りして、すべてを見ました。何と言っても最も印象深かったのはグローバリゼーションの進展を実によく舞台化して、その恐ろしさもその意味合いも深く探求しているな、という思いでした。また、老いを追及した作品「LES ÉPHÉMÈRES」(はかない者たち)も見事でした。とにかく、「モリエール」で見せた脂っこさというか、厚み、力強さは全然衰えていないばかりか、むしろさらに強まっていたのです。

www.theatre-du-soleil.fr

  たとえば私が興味ぶかく思ったのはモリエールの「タルチュフ」という作品を脚色した舞台「AU SOLEIL MÊME LA NUIT」(夜も昼も)です。「タルチュフ」は偽善的な宗教家が、富裕な家族に取りついて、食い物にする話ですが、モリエールが素材にしたのはもちろんキリスト教です。しかし、ムヌーシュキンさんは舞台をイスタンブールにずらして、敬虔なムスリムの家族が偽善的な宗教家の食い物にされる話に翻案していたのです。こういうずらし方をすることによって、演劇作品は国境や言語、宗教を越えて、もっと深く共有されることが可能になるでしょう。さらに欧州にやってくる移民たちの物語も別の作品「LE DERNIER CARAVANSÉRAIL(Odyssées)」(今どきの隊商宿)で描いていました。現代のアクチュアルな素材を舞台に乗せるのですが、彼女の場合、稽古を繰り返しながら演出も演技も発見していくところに核があり、そのためにはものすごい時間をかけると言います。ですので、普通の商業ベースの舞台づくりでは不可能なため、「弾薬庫」と呼ばれる倉庫の跡を買い取って劇場と稽古場にして、それによって長丁場の創造を行う時間を確保してきたというのです。

 取材者である私にも同じ密度が要求されたのは驚きでした。「最初と中盤と最後はお邪魔して、なるだけご迷惑にならないように撮影します」と私が言うと(彼女は稽古中の撮影を嫌うと聞いていたのです)、「いや、そうじゃないでしょ。最初からずっと見て頂かないと、変化がわからないでしょ?」と言うのです。演劇的創造の瞬間は何週間何か月にもわたる稽古の連続の中に起きることだからです。彼女の演劇的創造のプロセスをかなりとらえたものとしてムヌーシュキンさんが推薦していたのが下のDVDでドイツとフランスの共同出資の放送局ARTEによるドキュメンタリーです。

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ARTEのドキュメンタリー「アリアーヌ・ムヌーシュキン 太陽劇団の冒険」

   ムヌーシュキンさんと太陽劇団のことを思い出したのは、ニューヨークタイムズでインドを襲っている新型コロナウイルスの記事を読んだのがきっかけでした。政府は1日の死者2000人と発表しているそうですが、その5倍程度の死者は出ていると在米の研究者は述べています。1日に30万人が感染し、数千万人がすでに昨年ミドルクラスから貧困層に再び転落したとされます。夢だった店や会社を持って中流になったと思った矢先、ビジネスができなくなり、家賃が払えず倒産して貧困に陥る人々が日本の人口の3分の1程度昨年だけでいたそうです。どんなドラマがインドで起きているのか、想像すらできません。そして、インドはかつてBricsと言われたブラジル、ロシア、インド、中国の新興工業国の4強に入っていました。ところが少なくともブラジル、ロシア、インドでは新型コロナウイルスは猛威を振るって、政府の発表どころではない規模になっていると聞きます。日本はこうした新興国に製造業がさらに追撃されると恐れてもいましたが、今、こうした記事を読んだとき、複雑な気持ちがしてきます。まさに、これこそムヌーシュキンさんが舞台で描いてきた葛藤に満ちた素材ではなかろうかと思います。  

 ムヌーシュキンさんは国境を越えた発想のできる人で、アフガニスタンのカブールにも危険を顧みず劇団員たちを従えて訪れ、演劇ワークショップを行い、その様子をドキュメンタリーにしています。この作品「UN SOLEIL À KABOUL... OU PLUTÔT DEUX !」(カブールの1つの太陽 あるいはむしろ2つの!)も非常に胸を打つものでした。特に内戦で荒廃した国土の中、カブールで演劇に打ち込み、演劇を学べる機会に胸を躍らせて懸命に舞台に取り組む若者たちの姿と、それを応援するフランスからの演劇人たちの交流はとても見ごたえのあるものでした。そんなムヌーシュキンさんのことを思うと、舞台が今、奪われているということの持つ空虚さをとても強く感じます。

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