「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

木田元著「わたしの哲学入門」 入門書の中でも1~2を争う書

  私は哲学の専門家でも何でもありませんが、哲学の基礎を学びたいと思うようになった経緯はこのブログで前に書きました。21世紀は哲学の世紀になるという予測からです。では、どうやって哲学を学んだらいいのか?というと、大学で哲学を専攻しなかった人にとっては(多くの人がそうでしょうが)、良き入門書に出会うことが一番近道です。その意味で、私のお薦めは木田元著「わたしの哲学入門」です。私が読んだのは文庫ではなくハードカバーでしたが、画期的な本であると思いました。まず何よりも、哲学史的な流れがわかり、どんな人の何を読めばよいのか、といったことが大まかにわかることにあります。こういう見取り図があることは入門する上でポイントですね。

 特に、私の場合に役に立ったのはカントとヘーゲルが概説されていて、非常にわかりやすく解説されていることです。著者はむしろ専門はもっと現代に近いハイデッガーなのですが、本書においては近代哲学の基盤を築いたドイツ哲学の基本的流れがわかりやすく解説されている所が最も「使える」ところではないかと私は思います。とくにカントの感性の形式を示す図式は参考になりました。英国のヒュームからドイツのカントに至る流れが、近代哲学を学ぶ上でのクライマックスではないかと私は思っています。

 私はカントの「純粋理性批判」とかヘーゲルの「精神現象学」なども読んではいましたが、こういう本はとても独学で理解することは不可能です。とくに当時は翻訳もまだベストとは言えない状態だったと思います。翻訳者を批判するわけではありませんが、なかなか日本語にするのが難しいところがったのでしょう。ですから、カントなどはドイツ語に近い英訳で読んだほうがはるかに分かりやすいのです。いずれにしても、日本語で学ぶことにおいては、基本書を一人で理解するのは不可能だと思いますので、原書を読みこなした人による良き入門書に出会うことは非常に大切です。

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木田元著「わたしの哲学入門」

  木田氏はどこかで書いていましたが、日本の哲学学会のハイデッガーに対する態度は基本的に完全な崇拝か、完全な無視かで、中間がないという指摘でした。完全な崇拝になってしまうと批判的な研究は不可能になって、宗教あるいはドグマとなって哲学とは無縁の営みに転落してしまうのです。木田氏は自分がなぜハイデッガーを研究しつつも崇拝者にならなかったかと言えば、その源は東北大学に入学する前、敗戦直後の闇市で怪しい商売を営んでいた時期があったからではないかと語っています。闇市では単純に白黒のつけられない体験が詰まっていて、さらにドストエフスキーを読みながらその登場人物たちと同様に白黒つけがたい体験をしたと言っています。つまり、育ちの良い純粋培養された研究者たちと違って、脇道をし、怪しい商売をやむなくやっていたことこそが、哲学者として研究する上で思想の良しあしを見極める上での、ある種の免疫力を培ったと言うのです。この発言の背後にはハイデッガーの哲学がナチズムに利用されたという歴史的な経緯もあります。

 そのことは別に、もう1つ驚いたのは木田氏が大学で、英語はおろかフランス語、ギリシア語、ラテン語、ドイツ語など欧州の哲学を学ぶ上での基本言語をすべてマスターしたとしているところです。かつての日本の大学生はこんなに勉強していたのか、という驚きを感じました。そういえば昔は大学は一部のエリートしか行くことのできない施設だったのでした。戦後は戦時中や戦前よりも民主化されたわけですが、それでも戦後間もない頃はまだごく一部の人しか大学に進学できなかったのです。