「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

ベルベル人の歌手イディールの死  名曲「A vava inouva」を聴く

  おはようございます。拙いブログを読んでいただき、ありがとうございます。さて、今朝はベルベル人の歌手、イディールの名曲のリンクを紹介いたします。この歌は世界のベスト10に入れてもいい美しい曲だと思います。ベルベル人ってなんだっけな、と思われる方もいるでしょう。アフリカの北部に古来から住んでいる先住民です。とくにアルジェリアのカビル地方という山岳地域のベルベル人がよく知られていますが、モロッコなどにもいます。カビル地方は私の故郷、岡山とちょっと似ている気がするんですね。山岳地域ですが、北には地中海もあります。岡山も名前が岡と山ですが、瀬戸内海に臨んでもいます。で、それだけではなく、もっと深い一致点があるんです。それは征服された歴史です。ベルベル人たちは古来からローマ人やアラビア人、フランス人など様々な民族に征服された歴史があります。岡山もかつては吉備の国と呼ばれ、古くから製鉄や稲作などの先進技術を持っていた独立国でしたが、後に大和朝廷に征服されてしまいました。その後も軍事的に弱小だった岡山は、西に毛利、東に織田・豊臣・徳川などの強豪に挟まれ、合戦のたびに軍勢の通り道となり、その運命は常に強豪勢の手中にあるという地域だったのです。

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  この歌はベルベル人の歴史が関係しているのです。家の扉の向こうで娘が「お父さんドアを開けて」と言っています。家の中の父親は「娘なら、腕にはめた鈴を鳴らしてごらん」と言います。お父さんがドアをあけたがらないのは、娘の名前を騙る征服者ではないかと疑っているからです。ベルベル人が山岳地帯に住んでいるのも平地から逃げてきたからだそうです。

  イディール(Idir, 1949-2020)はアルジェリアに生まれ、1973年にフランスで歌手として大成功し、移住しました。しかし、アルジェリアでも非常に大きな尊敬を集めています。ベルベル人の言葉で歌を歌っています。この歌もそうです。ベルベル人というのは外国人が呼ぶ呼び方で蔑視的な意味があるので、ベルベル人たちはアマジグ(単数形)とか複数形のイマジーゲンなどと自らを呼んでいます。これは「高貴な人」という意味です。フランスに移民しているアルジェリア人のかなりの割合がベルベル人です。サッカーの英雄ジダンベルベル人だと言われています。私の知り合いのフランスに住むアルジェリア系の人たちの大半もベルベル人です。イディールが成功した秘訣はベルベル人の伝統的な音楽に、欧州のケルト音楽の香りなどを少し加えてブレンドしたことにあるのだそうです。

  以下はルモンドの昨年5月の追悼記事です。亡くなって丸一年です。1962年にフランスからアルジェリアが独立した時、国語がアラビア語に定められ、ベルベル人の言葉が公用語にならなかったことに怒りを覚えたと書かれています。イディールはこの時、政府に否定されたベルベル語を守ってアイデンティティを伝えていくことを誓ったのだとされます。イディールは1973年にアルジェリアのラジオ番組で、急に病気になった歌手の代役としてこの歌を歌い、人気が出て、フランスでも歌うことになったのです。戦後、フランスには景気が良かったこともあり、1970年代初頭のオイルショックまでは多くのアフリカ北部のマグレブ地方からの移民が働いていました。フランスで暮らすアルジェリア人たちにとっても自分たちの心のよりどころになったのは間違いありませんが、この歌はフランス人たちにとっても非常に美しい歌として愛されています。昨年、イディールが亡くなった時、私のフランスの知人たちも大いに悲しんでいました。

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