「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

ナポレオンの死から200年 極右政治家による賞賛と、ナポレオンへの告発メモ

   連休中の5月5日はフランスのナポレオン (1769-1821) の命日ということで、極右政治家のマリーヌ・ルペンは誇らしく追悼の演説をインターネットに上げました。今年は200年目の命日ということになるようです。その演説はナポレオンの偉大さ、さらにはフランスの栄光を讃えるものでした。こうしたメッセージはフランス人の愛国心をくすぐるのでしょうか。

  さて、私は同じ日に、次のメモがインターネットを回遊しているのを見ました。「ナポレオンは・・・」と書かれていて、ナポレオンが行ったことが列挙してあります。たとえば、奴隷制を復活させた、と最初にあります。奴隷制フランス革命の最中の1794年に廃止されましたが、ナポレオンが1802年奴隷制廃止を中止する政令を発して、奴隷貿易の復活を含めて植民地におけるフランス国家の定める法に従った奴隷制の復活をさせました。フランスが奴隷制を最終的に禁じたのは1848年で、すなわち自由平等友愛をモットーにした1789年のフランス革命から59年も後のことです。さらにこのメモにはナポレオンが仕掛けた戦争で多くの死者が出たり、女性の差別を法制化したり、黒人や混血、有色人種を差別したりしたナポレオンの負の面が書かれています。

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「ナポレオンは・・・」先日インターネットで回っていたメモ

  このメモ書きを発信した人はこのようなナポレオンを極右政治家が讃えるのは、よくわかると書いていました。下の絵画はゴヤがナポレオン軍のスペインでの虐殺を描いたもので、非常に有名な作品です。皆さんもよくご存じでしょう。

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ゴヤの絵画 ナポレオン侵略軍によるスペインでの殺戮

  日本の中にはナポレオンと言うと、フランスの英雄くらいな認識しかない方もいるでしょうが、ナポレオンはフランスの植民地主義を反省する立場から歴史を検証した時に必ず登場する反動的な政治家です。確かにナポレオンがフランス革命をある程度欧州に広めた側面はありました。ロシアではナポレオン軍と対峙したり、ナポレオン敗北後にフランスに駐留したインテリゲンチャたちがフランスの進歩的法制度に触れて自国の遅れ具合を恥ずかしく思ったということなどはありました。これはロシアの近代化を促し、デカブリストの乱(1825) にまでつながっていきます。確かに皮肉にも、ナポレオンが周辺国はおろかロシアにも近代化の種をまいた側面はあります。ここがヒトラーとの違いでしょう。

  とはいえ、メモにあげられていたように、奴隷制度を復活させたというようなところにナポレオンの本質があると言っても過言ではなく、ナポレオンを極右政治家が今日反省的な視点はゼロで100%讃えるのも、その精神が根底に流れているからに他ならないと考えられます。また自ら皇帝になる、ということまでしており、ベートーベンが幻滅して第三交響曲エロイカ(英雄)」の献辞をナポレオン本人からその「思い出」に変えたことも知られています。要するにフランス革命の精神とは基本的に程遠く、人間の序列と差別を価値観の中心に置く人間であったであろうことです。

  私がそれとは別に思うのはナポレオンは欧州大陸をフランスの支配下に置くために戦争を続けたわけですが、そのフランスが率いる欧州と言うのは、今日の欧州連合と基本的に変わらないように私には思われます。つまり、国々の独自の政治を廃してフランスの理想の元にまとめていくという作業は今日、欧州連合本部が大陸の欧州諸国に求めていることと通底するように思えるのです。ところがマリーヌ・ルペンは反欧州連合だったはずで、私はそこに矛盾を感じるのです。それぞれの国の文化や歴史を優先するなら、ナポレオンはNGではないですか?という気がするのです。今の欧州連合はNGでも、フランスが指揮する欧州連合であればよいのでしょうか?私は一足先に英国が欧州連合から撤退し、大陸諸国と一線画しているのは、ナポレオン時代を少し思い出させます。ヒトラーは<ナポレオンにもできなかった英国征服>を夢に見ていました。逆に、英国が大陸と一線を画していたからこそ、ナチスドイツの時代にもナチスに毅然と対峙し、その上陸を阻むことができたということがありました。欧州諸国がこの先どう転ぶかは未知数です。その意味でも、英国が大陸と一線画しているところは面白いと思います。