週刊文春と言えば政界などのスキャンダル記事をかなり本格的な調査をして行ってきたことで「文春砲」などとして知られていますが、フランスで匹敵するのは週刊新聞のカナール・アンシェネと言ってもよいでしょう。むしろ、第一次大戦当時から出版されてきたカナール・アンシェネの方が歴史があると言ってもよいかと思います。直近では2017年のフランス大統領選の前に一番の本命馬だった共和党候補のフランソワ・フィヨン元首相が、奥さんに架空の公務を割り当てて多額の報酬を不正に得ていたという暴露記事を発表しました。これによってフィヨン候補の人気が急降下し、当時の二大政党の1つの公認候補であるにも関わらず、ついに大統領選の決選投票すら進むことができない有様となりました。その後のマクロン大統領の台頭を考えると、たった1つのスクープ記事が政治を、経済を、時代を変えてしまったわけです。と言ってもマクロン大統領は本質的にはフィヨンと方向性においてさして違いはないように私には見えますが。ただ、この時、社会党も分裂が進んでいたため、フランソワ・フィヨン候補(共和党)と社会党のブノア・アモン候補の予選での沈没によって、ついにフランスの二大政党制の時代が終焉することになったのです。2017年5月に大統領選の決選投票があり、もしこの時、予選で社会党が頓挫していたとしても、共和党が健在でフィヨン候補が当選していたら、マクロン大統領も生まれていませんでしたし、マクロン大統領の新党「共和国前進」が翌6月の国会議員選挙で大躍進することも当然なかったのです。マクロン大統領の新党が不発であれば、社会党も一定の力を維持できていたはず(社会党からも一定数の議員が新党に鞍替えしたのです)。つまり、この1本のスクープはそれくらい破壊力があったのです。フランスの政治の構造を永久に変えてしまいました。それは何を意味するかと言えば、二大政党時代には想像不可能だった極右政党が政権を握るチャンスが出てきたということです。
私は当時、誰がこのスキャンダルを暴いたのか知りませんでした。でも最近、カナール・アンシェネだったと記事で読みました。カナール・アンシェネはわずか15人程度の記者と編集者で経営されており、カメラマンはなく、活字以外は漫画だけ、しかも広告も載せません。そういうかなりぶれない方針を貫いており、だからこそ暴露記事も遠慮なく書けるのです。毎週新聞販売店にはカナール・アンシェネを買いに来るお客が結構います。
カナール・アンシェネとはフランス語でCanard Enchainéです。鎖でつながれたカモという意味です。で、そりゃなんだ?ということになりますが、カモには新聞という隠れた意味があり、ちょっと軽蔑的に使うようですが、新聞が検閲を受けたり、廃刊させられたりすることに対するアンチの意味を込めて、こういう名前をつけたとされます。
カナール・アンシェネが大きく伸びたのはサルコジ大統領の時だったようです。サルコジ大統領と言えばまさにMediapartがその汚職のスクープ記事を連発してきましたが、産業界と密接なつながりのあるサルコジ大統領はカナール・アンシェネにとっても絶好の風刺対象となりました。サルコジ大統領の最大のスキャンダルは2007年の大統領選の時の選挙資金に絡む汚職疑惑で、この時、フランスの大企業からの資金提供とか、リビアのカダフィ大佐がらみの資金とかが話題になってきました。今ではサルコジ元大統領も逃げられなくなってしまいました。
フランス語で読める方は以下の記事にカナール・アンシェネの名前の由来が記されています。自由な新聞を、と創刊された「自由な人」新聞が第一次大戦時代に政府の検閲で自由に出版出来なくなり、「鎖につながれた人」になってしまったのをパロディ化して、カナール・アンシェネという名前があえて付けられたと書かれています。1915年にジャーナリストのモーリス・マレシャルと漫画家のアンリ=ポール・ガシエによって創刊されたと書かれています。創刊当時から風刺漫画は活字と並ぶ柱であったことが想像されますね。