作家の小川糸と言えばフランスでは人気があり、特にクリスマスなどでは女性がプレゼントにしたがる一冊だそうです。読んで安らかな気持ちになれる、という意味で、他の作家の作品も含めて「フィールグッド文学」と呼ばれていると聞きました。そう話してくれたのがフランス人で日本在住の翻訳家ダルトア・ミリアンさんです。ダルトア・ミリアンさんはダルトア・ミリアン=赤穂と書くときもあり、日本で家庭を持って暮らしています。今年の春、ダルトア・ミリアンさんがコリーヌ・カンタンさんの引退に伴い、フランス著作権事務所の代表に就任しました。フランス著作権事務所はフランス語の本などを日本語に訳して出版する時やその逆の時などに著作権交渉を引き受けてくれる窓口です。
ダルトアさんは昨年3月にNouvelles du Japonというウェブサイトも創刊し、毎月、何本か日本の短編小説をフランス語に訳して世界のフランス語の話者が無料で読めるようにしました。日本語からフランス語への翻訳を学んでいる人は日本語の原書と比較しながら読むと、勉強できると思います。現代作品もたくさんありますが、太宰治の「走れメロス」などもあります。日本では短編小説は文学の柱と言ってもおかしくない程普通にありますが、フランスではロマン=小説と言えば長編であり、短編はコント、短編と中編はヌーヴェル(nouvelle)と呼ばれています。小説は長編と言うのがフランスではスタンダードなんです。先ほどのウェブサイトの名前に出てくるヌーヴェルには「お知らせ」とか「便り」という意味もありますが、この中編と短編の小説の意味でもあります。ダルトアさんは今の時代は、多くの人が忙しくなっているので、短い時間で読める短編はもっと世界で広がってもいいと考えています。www.youtube.com
私は「フランスを読む」のインタビューの撮影の際にできるだけその本を自分でも読んで臨むように努めています。なぜって、その方が自分にとっても有益だし、面白いからです。小川糸さんの「食堂かたつむり」について言えば、東京で働いていた主人公が失恋を契機に郷里に戻って、1日1組しか食事を出さない料理店を立ち上げるという話です。主人公が豊かな自然の中で自分を取り戻すプロセスと、主人公の料理がお客たちの人生を励ましたり癒したりするプロセスとで、この小説はきっと二重に「フィールグッド」なんだろうな、と思います。料理は予約制で、前もって客はオーナーでありシェフでもある主人公に心の思いを打ち明ける。そして、それをもとに主人公がその人に向けた料理を準備する、というところ、言ってみると料理を作る人の心ですね。料理の中には料理する人の思いがいろいろ詰まっている、ということに気がつかされた一冊です。
ダルトアさんは小川糸さん以外にも作家のドリアン助川さんとか、中村文則さんなどの作品の翻訳も行っています。