「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

世界最初のファシズム イタリアのファシズムはどう生まれ、拡大したか?

  イタリアのムッソリーニとその政党が20世紀における世界最初のファシズム運動と考えられていますが、その後発であるナチスの歴史の認知度に比べると、日本では最初に起きたイタリアのファシズムはほとんど知られていないように私は思っています。しかし、ファシズムの比較政治史においてイタリアのファシズムについて無知であることはあり得ないことです。先ほどのこととかぶりますが、日本におけるファシズムのイメージがナチスドイツしかないために、ほとんどヒトラーの怪物ぶり、という個人崇拝のレベルの浅い理解でしかないことが大きな問題だと私は思っています。ですから、その意味でも単純に原因を国民性だけに帰すのではなく、ファシズムの理解を普遍化するためには、ファシズムの始まりであるムッソリーニたちの運動に無知でいてはならないのです。このように述べる私もさして詳しいわけでもないのですが、イタリアのファシズムについてはインターネットで多数、公開されているドキュメンタリー番組で理解を深めることができます。映像資料が豊富に活用されていて、極めて理解しやすく作られています。

  ところでムッソリーニの最後は1945年4月に愛人のクララ・ぺタッチとともにミラノの広場にさかさまに宙づりになっている写真がよく紹介されますが、その処刑をめぐって、面白い記事を読んだことがありました。英国のIndependent紙だったように記憶していますが、ムッソリーニを処刑したのはイタリアのレジスタンスだったと言われていますが、実際にはレジスタンス組織に潜入した英国の諜報組織MI6のイタリア系のエージェントだったという説です。これはRAIというイタリアの国営放送局のドキュメンタリーで放送されたというのが記事で、興味深いのはなぜ英国のMI6がムッソリーニをすぐに処刑する必要があったのか、という点です。実は枢軸国側が敗色濃くなってきた時、ムッソリーニチャーチルが率いる英国と単独講和を目指して秘密交渉を時間をかけて行っていたというのです。しかし、1945年2月のヤルタ会談で連合国側は枢軸国側に無条件降伏以外の選択肢を与えないと決定したことから、英国政府はムッソリーニとの単独講和の件はすべてご破算にしなくてはならなくなったというのです。その条件交渉で話し合われた様々なデテールが、国際戦犯法廷の席などで表に出ることを英国は嫌ったのでしょう。とにかく、ムッソリーニが逮捕され次第、すぐに確実に息の根を止めておく必要があったというわけです。これが真実かどうか私にはわかりませんが、そのような記事を信頼できる新聞で読んだことがありました。

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  ムッソリーニの場合、過去の古代ローマ時代の栄光が彼に取りついていますね。皮肉にもイタリアは近代化の途上で、小国に分離して統一が遅れたために、植民地の拡張競争にも出遅れてしまいました。そうした時に帝国が最大の領土を保有してきた過去の幻影をこうした人々は持ち出し、「〇〇を取り戻せ」と語りかけるものです。

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