「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

「ザ・フェデラリスト」(ハミルトン、ジェイ、マディソン)  アメリカ政治思想上の第一の古典

  1990年代になって日本では政財官そしてマスコミをあげて、二大政党制に移行するべきだという大々的なキャンペーンが行われました。それはものすごいメディアの翼賛運動であり、地上波の報道番組でも<二大政党によるディベートが大切だ>みたいな空気が醸成されていったのです。その「果実」が1994年の小選挙区制による選挙で、以後、野党は二度政権を握りましたが、ごく短い期間でふたを開けると、自民党の一党支配が今日まで脈々と続いています。こんなに長く実質の一党支配が続いているのは中国と日本と北朝鮮そしてキューバくらいでしょう。しかも、小選挙区制によって少ない得票で国会で大きな数の議員を獲得できるという旨味も加算されています。今から振り返れば、この大キャンペーンの狙いは二大政党制などではなく、戦争ができる国にするための憲法改正が真の狙いであったことは明白です。もしマスメディアも財界も<二大政党によるディベートが大切だ>と考えているとしたら、粘り強い野党叩きを続ける理由がまったくもって不明です。二大政党制を推すということは単に民主党が好きとか嫌いと言ったレベルの話ではなく、与野党政権交代によって政治を実現していこうという道だったはずです。絶対権力は絶対的に腐敗する、というのは政治学の第一の基本原理です。それなのに、90年代のマスメディアの言動と、2012年末の民主党在野以後のマスメディアの執拗な民主党叩きとはまったく矛盾するものです。<確かに今の自民党には問題があるけど、野党もね~>という刷り込みです。このキャンペーンは組織的に行われているように見えます。しかし、それをすんなり受け入れている日本の有権者もまた記憶障害にあると言っても過言ではないと私は思います。健忘症はマスメディアの衰退を明示し、それは国が没落しているバロメーターでもあります。マスメディアの担い手が歴史から退いていることを示しています。

 さて、以下は、米国の憲法を作った人々の歴史について2012年末頃に私が書いたものです。「ザ・フェデラリスト」と称する本は米国憲法起草の時代に書かれた政治論文集です。

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The Federalist: A Collection of Essays, Written in Favour of the New Constitution, as Agreed upon by the Federal Convention, September 17, 1787. In Two Volumes. (1st ed.)

「ザ・フェデラリスト」(ハミルトン、ジェイ、マディソン)  アメリカ政治思想上の第一の古典

  岩波文庫から出ている「ザ・フェデラリスト」(1788)はアメリカ政治思想上の第一の古典と銘打たれている。アメリカ政治のテキストとしてはアメリカ合衆国憲法なども同じ岩波書店から出ている。しかし、「ザ・フェデラリト」の面白さは米国の政治がどのように形成されたか、その歴史が刻まれており、その考え方が形成過程の議論から読めるところにある。それもそのはず、「ザ・フェデラリスト」はもともとA・ハミルトン、J・ジェイ、J.マディソンの3人の政治家による85の短い論文集であり、これらが書かれたのは連邦政府をどう形成するか、合衆国憲法をどのようなものにすべきかを13の国家で検討していた時期だからである。

  当時の13の「国」とはヴァジニア、ニューハンプシャーマサチューセッツコネティカット、ニューヨーク、ニュージャージー、ペンシルヴェニア、デラウェア、メリーランド、ヴァジニア、ノースカロライナサウスカロライナジョージアである。(未だカリフォルニアなどの西部は米国に編入されていない土地だった)

  これらはいずれも英国の植民地だった。独立戦争(1775-1783)に勝利して独立を勝ち得た1783年の時点で、現在のこれら13州はそれぞれが独立した国家だった。しかし、当時はフランス、スペイン、英国など欧州列強の勢力が米大陸に及んでおり、いつ新たな戦争が起こるかわからなかった。また、先進地域の欧州と個別に当たっていたら貿易で不利益を被る可能性があり、まとまって交渉した方が有利であるという共通の利害もあり、連邦国家として連携した方がよい、という考えだった。そうした中で、連邦国家としてどのような制度を構築すれば各「国」が納得でき、同時に欧州に対して対抗しうる力を持てるかが大きなテーマになっていた。

  その時点で国によってはすでに憲法も法律も制定されていたが、それらを寄せ集め、分析検討しながら、連邦国家として何が良いかを考え、憲法はどうあるべきか、その理由はなぜかを説いた論文集が「ザ・フェデラリスト」である。岩波文庫に収録されているものは全85の論文のうち、31編である。

  興味深いのはそれぞれの国家(現在の州)と連邦との関係である。いったいなぜ連邦を作る必要があるのか、そこにどんな利益があるのかを1つ1つ詰めている。もともと国家統一されていた日本と決定的に異なる点だが、そこが逆に面白い。13の国々を納得させなければ連邦政府は作れない。失敗すると離脱する国が出てしまう。だから13国の代表者を説得するために懸命に議論している印象が「ザ・フェデラリスト」から伝わってくる。

  たとえば小さな地域では汚職に染まったり独裁に陥ったりしがちだが、大きな連邦を作ればそうした弊害に抵抗力があるといった論。戦艦を作るためには国同士が連携しなければできない、と言った論。欧州商品の流入に対抗するためには国同士で結束して関税を設定した方が個別に交渉するより有利という論。国同士で関税をかけあっていたら、交易がスムーズにいかないという論。

  またどんな政治システムがよいのかについてはたとえば権力の分立(三権分立)の議論である。古代ギリシア古代ローマの政治体制、あるいは近代英国の政治体制なども参照されている。政治システムの構築では米国がかつて植民地だっただけに、政治制度の不正や不公平に対して敏感であり、それらを是正するためにはどうすればよいかを彼らが入手できるあらゆる事例を参考に検討した跡がうかがえる。

  翻訳は齋藤眞氏と中野勝郎氏による。齋藤眞(1921-2008)氏は東大でアメリカ政治史を講じた教授である。巻末に寄せられた齋藤氏の解説は非常にわかりやすく有益である。

  「今日まで200年以上続いており、幾多の修正があったものの、その基本的構造においては変わらない、世界最年長の成文憲法アメリカ合衆国憲法が、その誕生においてアメリカ各邦の人々の承認を得るのが、なぜそれほど難しかったのであろうか。なぜアメリカが1つの国家になることが警戒されたのであろうか。ここで「ザ・フェデラリスト」刊行の背景として、やや迂遠な話に思われるであろうが、やはりその10年以上前に起こったイギリス領13植民地の独立にまでさかのぼらなければならない」(解説より)

  驚くことだが、新しい国と思われているアメリカの憲法が世界最年長の成文憲法だと書かれている。確かに日本も中国も韓国もロシアもフランスも政治体制の変転の中で、程度の差こそあれ憲法が大きく変わっている。
  今、この「ザ・フェデラリスト」が一層興味深いのはユーロ危機やソビエト連崩の崩壊など、国家のあり方を巡って冷戦終結後に試行錯誤が続いているからだ。ユーロ圏のゆらぎは具体的にはスペインのカタルーニャ州の独立問題となって浮上している。地域の自治とそれを補完する国家のあり方は、今日本の地方分権のあり方ともつながってくるテーマでもある。
  ちなみに「ザ・フェデラリスト」の訳者はstate(国)を「邦」と訳している。連邦政府、という場合の「邦」である。

  この「ザ・フェデラリスト」はアメリカの書店で手軽なペーパーバック「The Ferderalist Papers」としてペンギンブックスから売り出されている。