「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

FTC議長に抜擢されたリナ・カーンの論文<Amazon’s Antitrust Paradox>について その2 

 FTC議長に任命されたリナ・カーンの<Amazon’s Antitrust Paradox>について、昨日に続きまして書いてみたいと思います。

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 日本で言えば独占禁止法に相当するケースについて、1970年代あたりからミルトン・フリードマンに象徴されるシカゴ経済学派が過去の判例を捻じ曲げて、自分たちに都合の良い解釈に変更して、それが新自由主義レーガン大統領のもとで採用され、以後、ずっと継続されてきたということが指摘されています。特に彼女が論文の中で象徴的に取り上げているのは、価格が安ければ消費者にとって利益になるため、独占禁止法(米国ではシャーマン法というのがあるようです)を使ってFTCが取り締まる必要はない、というもの。カーンが述べているのは、本来、経済の1プレイヤーが過大なパワーを持って市場を独占したり、それに近いシェアを握ってしまうと競争原理が妨げられるために独占禁止法(シャーマン法)が19世紀末に制定されたということです。カーンはこれについて、商品やサービスのコストを大きなシェアを握る大手企業が非常に安値に設定してしまうと、新規参入が難しくなることを指摘しています。このことは経験的に理解できることです。大きなチェーンになると、薄利多売も可能になりますが、小さな商店あるいはせいぜい数店舗の店になると金額を安くするにも限界があります。新規参入の障壁になる大きな要因が値段の安さであるのに、安ければ消費者にとって都合がよいから独占禁止法で取り締まる必要がない、というのは本末転倒だと主張しているんですね。ですから、立法趣旨に戻れ、と言っているのです。

  今のアメリカの技術革新、イノベーションの背後には新しいサービスを考えた企業が大きなシェアを握り、大きな利益をほぼ独り占めにするのも仕方がない、という考えがあるように思います。確かにGAFAと呼ばれる大企業は今までになかったサービスを考えて大きなメリットを消費者にもたらしました。そのことは疑いがありません。でもだからそれらの企業が市場を独占してもよいのか?というのがテーマです。それらの企業が市場を独占し、様々な関連企業も買収して傘下にして垂直的な経営を行った場合、原料を納入する産業もまた支配されてしまうことになりかねません。たとえばiphoneなどもそうでしょう。そうした場合に商品の末端価格が安ければ当然ながら部品の納品価格も安くなりますから、様々な分野に安値の圧力がかかり利益が削られ、結局、末端労働者を直撃します。

 アメリカではこうした企業も新しいイノベーションを投入しないとあっという間に競合他社に抜かれてしまうと常に最善の努力をしていると言っても過言ではないでしょう。競争はゼロではありません。それでも小さな企業がその市場に新規参入するのは至難の業です。だから、新興企業は新しいサービスを考えて市場がすでにプレイヤーで満杯になっている「レッドオーシャン」ではなく、まだ誰も考えたこともないサービスの「ブルーオーシャン」を目指せ、というわけです。

  確かに消費者からすると、Amazonのサービスは突出して良いために、これでいいじゃないかと思いがちですが、書店とか各種商店みたいなリアルな店舗の経営者からすると、Amazonは脅威でもあると思います。安さが絶対的なパワーを持ってしまうと、だんだん選択肢も限られていくことになります。たとえばかつては日本国内に様々な小さな食堂があったもので、いろんな主が店で料理を作ってお得意がいるという関係を持っていましたが、1990年代以後、チェーン店が増えて小さな店はどんどん店をたたんでいきました。チェーン店は確かに1軒の料理屋より単価は安いし、肉などのボリュームもあったりするわけですが、そこで受けられるサービスはたとえ時々でメニューが変わるとしても画一的です。20世紀には町にもっと多様な料理店があったものです。それぞれが自分のリズムで店を営むことができました。酒屋や米屋などもそうです。こうした小店舗が一掃されていったのは大規模店舗法が制定されたからですが、その背後にはアメリカの新自由主義革命があったわけであり、その震源こそシカゴ経済学派だったと思います。シカゴ学派は日本の護送船団方式と呼ばれる官僚たちが様々な経済のプレイヤーを規模の大小にかかわらず守っていくやり方を徹底的に解体してしまいました。これは経済のエコロジーを破壊したと言ってもよいのではないでしょうか。その象徴がシャッター通りです。

 確かに「安さ」には抗しがたいものがあります。その背後には徹底的に無駄を排した超効率主義があり、それはIT革命によって加速されました。こうした世界は確かに速度が速いですが、その一方で個人の夢を奪っていく側面もあると思います。巨大な資本が小さなプレイヤーたちをどんどん飲み込んでいきますが、その原動力こそ「安さ」の力です。その安さへの圧力こそが日本で非正規雇用を40%にも激増させた原因なのです。台湾では2014年にひまわり運動という学生を中心とした民主化運動が起き、国民党政権にノーを突き付け、現在の民進党政権を誕生させる原動力となりました。この時、大学生たちが訴えていたのは中国とサービス・自由貿易協定を結んでしまうと、中国の圧倒的な資本力や「安さ」に台湾市場が支配され、コツコツ夢を持って生きてきた小規模店主たちが一掃されてしまう、という恐れでした。このことは日本、台湾、米国いずれにも言えることです。そして、「安さ」と効率を追求する世界で最終的に勝利者となるのは誰か?想像すれば明らかでしょう。

 リナ・カーンの論文の凄さは、これを書いた時29歳だった若い女性がストレートにこの変化を史実から検証し、FTCの原点へ戻れと書いたことです。この論文が15万近いアクセスを得て、米政界のトップレベルの注目をついに浴びることになったのです。これは大きな変化の兆しだと思いますが、それを引き起こした法学者がパキスタンからの移民で、若い女性であったこと、それもアメリカの良き変化だと私は思います。