「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

マッカーサー将軍VSトルーマン大統領  30~50発の核攻撃を主張する将軍を解任して中国への核攻撃を避けた大統領

  最近、刺激的な本について知りました。「将軍 対 大統領」です。これは朝鮮戦争中に半島で米軍の指揮を執っていたマッカーサー将軍と米大統領ハリー・トルーマンの間の、中国への核攻撃を行うかどうかをめぐる葛藤の歴史書です。最終的にはトルーマンが核攻撃を主張する将軍を解任して第三次大戦を避けることに成功します。トルーマンは広島、長崎に原爆投下を決断した大統領でもあります。トルーマンがなぜ中国への核攻撃を避けたか。そのあたり、現地で指揮を執るカリスマ的将軍との葛藤が描かれているのだろうと思いますが、私自身は未読です。

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 1950年に朝鮮戦争が起きた時、韓国を支援するため、トルーマン大統領はマッカーサー将軍に日本基地から朝鮮半島に米軍を送り、マッカーサー将軍に委ねました。トルーマン大統領は公式的には朝鮮戦争であらゆる兵器を使用を検討する、と言っていたものの、本音は核攻撃は避けるつもりでした。一方、マッカーサー将軍は1950年の当初、北朝鮮まで戦線を北上させて勝ち進んでいたにもかかわらず、9月になって突然進行してきた中国軍に押され、韓国まで大きな撤退を余儀なくされます。この時(1950年暮れ)にマッカーサーは中国本土への核攻撃を行って朝鮮半島への中国軍の加勢を止めようと考えます。一説によると、30発から50発を満州に落とせば朝鮮半島終結できると思っていたそうです。実際には何発かはともかく、核攻撃を行って中国の介入を止めようと思案します。しかし、トルーマン大統領は翌春、1951年、マッカーサー将軍を解任しました。理由はソ連を刺激して第三次大戦を引き起こしたくなかったからと言われています。

  この事情について、5年前、「将軍 対 大統領」を書いて出版した歴史学のH.W.ブランズ教授が講演をしています。講演によると、先述の通り、トルーマンは米国はあらゆる兵器の使用を考える、と世界に公言したわけですが、本音は核攻撃は避ける方針でした。マッカーサー将軍が核攻撃をすれば中国軍は50年間は朝鮮半島に介入できないだろうと語っていたので、トルーマンと一見同じ思考のように見えますが、トルーマンは非常に焦ったそうです。というのも、トルーマンにとっては単なる「ブラッフ(脅し)」で使った核兵器使用の可能性ですが、マッカーサーはその言葉通り、絶対に核兵器を中国に対して使うつもりだ、とトルーマンは確信したのです。核兵器をめぐるスタンリー・キューブリック監督の「博士の異常な愛情」という映画の名作がありますが、あの映画に出てくるタカ派の軍人みたいなものでしょう。世界がどうなろうと知っちゃいねえ、共産軍に勝てさえすればいいんだ、という感じです。

  中国への核攻撃は、近年、米中対立の中で再び現実味を帯びつつあります。日本もミサイル基地として対中戦争に巻き込まれるかもしれません。1950年の朝鮮戦争マッカーサー核兵器を使用したとしたら、それは沖縄に格納された核兵器だったと言われています。当時はまだ日本本土に復帰していなかったので、核兵器の持ち込みも秘密ではありませんでした。ブランズ教授は米国の政治や軍事リーダーの中には冒険主義的な人物と、長期的な思考を冷静に行える人物とあって、そのどちらに戦争が委ねられるかで、歴史は大きく変わり得ると語っています。

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