「ニュースの三角測量」

ニュースを日英仏の3つの言語圏の新聞・ラジオ・TVから読んでいきます。アジア、欧州、アメリカの3つの地点から情報を得て突き合わせて読むことで、世界で起きていることを立体的かつ客観的に把握できるようになります。それは世界の先行きを知ることにもつながると思っています。時々、関連する本や映画などについても書きます。

本に囲まれていた日々

 この数年を振り返ってみると、引っ越しをして生活が大きく変わったことがあります。激しい台風で一人だけ最後まで住み続けていた集合住宅が痛んでしまって、そこを 退去しなくてはならなくなったのです。この引っ越しの作業はきついものでした。30年近い間に倉庫などにため込んでいた壊れたプリンターやラジカセ、デッキ、蛍光灯といった無数の廃物、自転車、木製箪笥や金属製の組み立て式の本棚、それに大量の本やCDを処分することになりました。また、10数年分の撮影済みのミニDVテープも1本1本壊しながらすべて処分しました。昔、情熱をこめて撮影した1時間、1時間のテープはたしか300本以上ありました。ある種の自分の生前葬をしているような気がしたものです。

 私がTVのディレクターとして働き始めた1990年代はまだインターネットはほとんど発達していなくて、調べものも図書館や役場、関係者に足を運んで情報を得るのが基本でした。そして、夜中に企画書を書いていると、必要な時にすぐ手元に置いておきたい資料や事典、基本文献などが様々な分野であり、そういったものをリアルな物質としての本としてためておく必要がありました。そういうわけで長年の堆積の結果として4000冊くらい本があり、倉庫2つと書庫1つを持っていたのです。ですので、そうなってくると滅多なことで引っ越しもできません。あの頃は本を持っていることは金を銀行に持っている事よりもリッチな気がしたものです。それを考えてみると、この30年近い間に、本との関係は大きく変わりました。転居先をすぐに見つける必要もあり、景気も悪かったわけですから、前の古いアパートみたいな本を蓄えておく広いスペースを見つけることは不可能で、4000冊あった本から200~300冊ほどを選ぶのが、一番きつい作業でした。どの1冊にも愛着があり、それを置いていく、処分する、というのは身を切られるように辛い作業です。その時、私は一度、人生が終わったのだ、と考えました。もう昔と同じ人生はこの先にはないんだ、と。それで、本を選ぶにあたっては、これから先に残された数年か、10年か、20年かわかりませんけど、その時間に必要になるであろうものだけを転居先に持っていくことにして、それ以外のものはいかに面白くて良い本であろうとすべて処分しました。

 この作業は1つの人生の終わりの儀式であったように思います。もう昔のように生きていくことはできないのだ、と。