トマス・フリードマンはニューヨークタイムズのコラムニストで過去にはピューリッツア賞も何度か受賞したジャーナリストです。ロシア軍のウクライナ侵攻直後に載せた「This Is Putin’s War. But America and NATO Aren’t Innocent Bystanders.」は、NATO側の東進政策の誤りがロシアの権威主義政権を生んだ元凶であり、さらにウクライナ侵攻の火種にもなったと書いています。私が何度も書いていますように、この視点は極めて重要です。フリードマンはもちろんロシアの軍事侵攻を容認しているわけではありませんが、NATO諸国も責められるべきだとしているのです。
冷戦終結後、米国はロシアの民主化を期待していました。当初はゴルバチョフ大統領やエリツィン大統領のようにロシアの民主化を進めてきた指導者が大統領だったのです。ところが、NATOが東進政策をしたことがロシア軍や保守派を活気づけ、ロシア人の危機感を生み、「偉大なロシア」の再興をもとめるプーチン大統領を生み育てる元凶となったというのです。
<I am going to share Kennan’s whole answer:
“I think it is the beginning of a new cold war. I think the Russians will gradually react quite adversely and it will affect their policies. I think it is a tragic mistake. There was no reason for this whatsoever. No one was threatening anybody else. This expansion would make the founding fathers of this country turn over in their graves.>
トマス・フリードマンは、このコラムで、米外交戦略家のジョージ・ケナンの言葉を引用しています。ケナンは冷戦時代の初期に「ソ連封じ込め」政策を米政府に進言してきたことで著名な人ですが、この人はNATOの東進を「新しい冷戦の始まり」と評していたのです。せっかく冷戦が終わったにも関わらず、NATOが東に加盟国を増やしていったために核となるロシアが西側民主主義から距離を置き、新しい覇権闘争を始める原因になったと言っています。ケナンは米議会でのNATO拡大議論の皮相さを嘆き、ソ連の権威主義体制を倒した勇気ある人々に結果的に背を向けることになったと言うのです。ロシアは1990年代に民主化を目指し、さらに経済の開放を目指して試行錯誤していました。あの頃、なかなかロシアの体制の変革はすぐに実を結ばず、ものすごく混乱していました。こうした時に、NATOがロシア国境まで迫ってくる、ということが軍事的な包囲状態をロシアの要人たちに感じさせることになり、そうした隙にプーチンという独裁的な指導者が台頭する結果となりました。
ただ、ここで興味深いのはNATOが本当にウクライナを加盟させようとしていたかと言うと、そういうプランは実在しなかったとフリードマンは言及しており、プーチン大統領もそのことは知っていたと書いていることです。ということは、NATOのウクライナへの加盟が直接の引き金になった、というより、過去のNATO拡大の路線自身とウクライナ政府のロシアからの離反に対するロシアのカウンターだということになります。ただし、フリードマンの記事を読むと誤解しかねませんが、NATOは将来もウクライナを加盟させる気はないとは決して言及していなかったと思います。