経済思想を専門にしている松原隆一郎教授が、歴史に取り組んだのが本書『荘直温伝』です。本書が描いているのは私の父方の先祖が暮らした地(岡山県高梁市)ですが、なかなか古い時代のことを知る機会を持つことができなかったので、本書を発見したことはうれしい驚きでした。この本の主人公である荘直温(しょう・なおはる)という人は富裕層でありながら私財をはたいても町のために尽くした男でした。岡山にはクラレという会社があり、創設者の大原孫三郎、大原総一郎一家も資本家でありながら社会主義者でもあるという風に、日本の資本主義をはぐくんだパイオニアの中には、社会主義的な福利厚生を盛り込んでいった経営者が一定数存在し、そのことが日本の発展に大きく寄与したのです。私の父もクラレの社員でした。岡山からは他にも、マルクス経済学者の宇野弘蔵や、日本社会党、アメリカ共産党、メキシコ共産党の立ち上げのメンバーである片山潜などが輩出されています。私はその理由の一端を本書でつかめるのではないかと期待しています。
こうした日本の資本家のエートスは、利潤しか目に入らないアメリカニズムにすっかり染まってしまった今日の政財界ではほとんど失われたものです。本書には松原教授の地道な現地調査の成果が結実しており、古い写真も貴重ですし、失われた歴史の掘り起こしという意味で極めて貴重です。